福岡エルフの木〜被災地の妊産婦さんと子供達に野菜を届けるプロジェクト

《被災地の方々に九州産の無農薬野菜と「伴走する心」を届けます。また被災地以外の方々に食物と命の問題への意識喚起を行っていきます》ボランティア団体「福岡エルフの木」は、九州産無農薬野菜を福島に届けるプロジェクトを行ってます。妊婦や授乳中の女性、子供達、仮設住宅の方々に少しでも笑顔になっていただければ幸いです。 →*2016年4月に熊本地震、2017年7月に九州北部豪雨災害が起こりました。福島の支援先の方々の要望もあり、熊本震災や九州北部豪雨災害復興支援にも注力させていただきます。ご理解のほどお願い申し上げます。

知足です。

九州では台風8号が接近しています。大難が小難になるよう祈っています。

◾️黒川復興ガーデンとバイオアート(9/11-12,  3/5-6)

復興ガーデンプロジェクトの詳細が決まりましたので、お知らせします(→チラシ →申し込みページ

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【企画趣旨】
 九州大学ソーシャルアートラボでは、文化庁・大学における文化芸術推進事業「社会包摂に資する共創的芸術活動のデザインと人材育成プログラムの構築」の中で、2018年より九州北部豪雨災害復興支援を行っています。 その一環として、朝倉市黒川の「共星の里(朝倉市 旧黒川小学校利用の美術館)」と協力し、流れ着いた岩石を活かした復興ガーデンを共創します。庭は2018年より3年の時間をかけ、一般市民と共に企画・制作しています。地域内外の方々が深く考えあわせることで、人々の意識が、被災地支援に永続的につながることを目指します。
 2019度は、「風と水と土の道・再生のためのワークショップ」vol.1(2019年9月)、vol.2(2020年3月)を行います。共星の里の野外スペースでは、災害の土砂の影響で樹木が痛み、弱っています。そこで、土の中の空気と水の循環に配慮し、災害後の土壌改良を意図した庭づくりを行います。また、四季の美しさを感じ、子供たちが遊び、ニホンミツバチの養蜂につながるような花木の植樹を行います。
 翌年3月には、流木による東屋(10㎡弱)の制作、および草花の植栽を行う。2020度には、庭を静かにみつめ感得したものを、互いに自由に表現し交流する「美的コミュニケーションの場」を設ける予定です。


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「風と水と土の道・再生のためのワークショップ」vol.1(2019年9月)
土壌改良と石周りの造作。枯山水づくりと植樹。

 

■日時:2019年9月11日(水)13:00-16:30、12日(木)10:30-16:30
■場所:共星の里(〒838-0072 福岡県朝倉市黒川1546-1)

*ワークショップ前日の9/10(火)に、石の移動、側溝掘り、製材所・大学工房の木材チップの搬入などの準備を行う

9/11(水) 
13:00-16:30
【土壌改良と枯山水づくり】竹を伐採する。側溝に排水管や竹、炭、小枝、玉砂利を敷く。流木チップを制作する。


9/12(木)
10:30-16:30昼食各自持参
【石周りの造作と植樹】石のレイアウトを行う。側溝の土を使って盛り土する。
【花木の植樹】参加者で花木の配置を考え、植樹する。

 

 

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「風と水と土の道・再生のためのワークショップ」vol.2
流木による東屋制作と、草花と粘菌の空間づくり

 

■日時:2020年3月5日(木)10:30-16:30、6日(木)10:30-16:30
■場所:共星の里(〒838-0072 福岡県朝倉市黒川1546-1)

*ワークショップ前日の3/4(水)に、木材の搬入、基礎作りなどの準備を行う

3/5(木) 【流木による東屋制作】
3/6(金) 【草屋根づくりと粘菌探索、草花の植栽】


(→チラシ →申し込みページ


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【尾藤悦子さんより(共星の里ゼネラルマネージャー)】

 素晴らしい書籍(復興支援小冊子)が完成するようで、これだけ朝倉に復興に想いを寄せて頂き本当ありがたいです。

 いろんな立場の方がそれぞれにやれることをやれる場所でパッションを持ちそして、想いを明確にし、意識を持つことが、大切であり、そのプロセスが宝になると思ってます。

共星の里は人と自然とアートの融合をビジョンに生きることをアートと捉えて20年活動をして参りました。

「想像+創造」二つのソウゾウリョクを大切に自分の心と対話することがいかに大切か。災害がもたらしたものは計り知れないものですが、

心の重要性、生きるとは?の問にアートが根源的なものを見つめることが出来ると感じております。昨日、縄文の後期のものが天神様(共星の里に隣接する霊域)あたりで見つかりました。3000年前のものだそうです。「やはり、そうなのだ」とあらためて感じております。

 あの赤い岩(共星の里に流れ着いた岩)も踏まえ、歴史を紐解くきっかけ。いにしえに想いをはせる、このガーデンづくりこそが黒川を愛する今ここに生きる人たちの新たなご縁となれば幸いです。

お忙しい中にいろいろと本当にお世話になりますが、引き続きよろしくお願い申し上げます。

尾藤悦子

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◾️復興支援団体紹介小冊子“かたり” (9月末発行予定)

 復興支援団体の小冊子づくりも並行してすすめています。編集部(社会人+学生)のメンバーで21団体への取材をおえ、分担して執筆しています。現在、画像の確認などを行なっているところです。上記の復興ガーデンづくりの画像を加えて、発行できればと考えています。


【小冊子まえがき】
 九州北部豪雨災害(2017年)から2年。被災地ではいま、復旧活動に加え、「生活再建」や「まちづくり」が重要になっています。そこで、この小冊子は特に「創造」に関わる活動を中心に紹介しています。  
 彼らは大規模災害を前にして、何を考え、どう行動したのか。災害からの2年間、刻々と変化する状況に対応しながら、問題をすこしでも軽減するために創意工夫を重ね、実行する支援者たち。豪雨災害がすべての地域にとっての可能性になったいま、彼らの思考や行動は、災害を乗り越えるためのヒントであり、教訓であり、「未来への提言」なのです。
   この小冊子は、九州大学ソーシャルアートラボ・復興支援部を中心に、九州大学の学生、一般社会人の有志によって結成された「復興支援小冊子編集部」によって作成されています。現場を訪れ、聞き取り調査を行い、それぞれ心を込めて紙面をつくっています。  
 この冊子を手にとった地域外の方々には、現在の被災地のニーズを知り、「支援したい気持ちを行動に結びつける」きっかけにしてほしいです。また、被災地の方々には、相互理解と連携のネットワークづくりに役立てていただければ幸いです。さらに、可能性としての被災地であるすべての地域における「防災意識の継続と深化」を期待します。
小冊子タイトルの“かたり”とは、「語る」と「かたる(参加するという方言)」の意味を 重ねています。 この小冊子を通じて、被災地の福岡県朝倉市、東峰村(朝倉郡)、添田町(田川郡)と、地域外の方々の意識がつながり、支え合いの輪が広がることを願います。  
九州大学 芸術工学研究院 知足(ともたり)美加子



目次 

  • 九州北部豪雨災害 (2017年7月5日) の概要
  • 共星の里 + 九州大学ソーシャルアートラボ  「黒川復興ガーデンとバイオアート」
  • 里川径一  「あさくら観光協会、朝倉ウッドキャンドル」 
  • 隈部敏明  「朝倉市役所 商工観光課」
  • 櫻木和弘  「三連水車の里あさくら」
  • 天野茂晃  「朝倉青年会議所」
  • 林利則 ・秀子 「子供の農業体験受け入れ」
  • 師岡知弘  「高木薪づくりプロジェクト、黒川みらい会議」
  • 柏田智  「黒川復興プロジェクト」/ 鳥巣良彦「農業家」
  • 宮崎幹子  「宮園たんぽぽの会」/ 笹栗浩明「蛍雪の里 黒川山荘」
  • 岩佐憲一郎・伊藤リカ  「JRVCチーム 螢火」
  • 望月文  「杷木ベース」 塚原健児  「東林田ラバーズ(Lover’s)」
  • 髙良寛  「アグリガーデンスクール&アカデミー福岡 朝倉校」 
  • 塚原健児「東林田ラバーズ」
  • 杉岡世邦  「杉岡製材所 / SUGITALO」 
  • 小川進・一瀬徹夫  「松末復興かわら版編集チーム」 
  • 松本亜樹  「あさ・くる」
  •  岸本 晃  「東峰テレビ」
  • 加藤憲司・川畑裕己  「英彦山地域デザインLLP」
  • 三谷泰浩  「九州大学災害復興支援団」
  • 尾方義人  「朝倉復興支援あさくら杉おきあがりこぼし展」
  • 知足美加子  「流木再生プロジェクト(彫刻)」

9.復興支援小冊(柏田)

復興支援小冊子(知足)










知足です。

 2017年7月5日の九州北部豪雨災害から2年がたちました。
本日三回忌を執り行われているご遺族もいらっしゃるかと思います。心からご冥福をお祈りいたします。

 復興支援団体小冊子編集チームの師岡知弘さんは、現在仮設住宅におられます。これまでの大規模災害としては異例なのですが、2年経過した仮設住宅(みなし仮設も)が閉鎖されるとのこと。災害公営住宅(80戸)を建設中とはいえ、被災者の方々は大変困っておられます。昨日、師岡さんらは福岡県庁に、仮設住宅期間延長を訴えに行かれたとのことでした。特に農業を主にした生活再建は、土壌改良を含め2年では困難です。再建の目処がつかないところで引っ越しを迫られれば、生計のために地域を離れる選択をせざえるをえない方々もおられるかもしれません。心ある行政の英断を求めます。

 被災地の朝倉市、東峰村、添田町をつなぐ「復興支援団体小冊子について、9月末発行を目指して編集会議を行いました。学生や社会人の方々が、繊細な感性をもって、楽しく、情熱をもって議論する姿が素晴らしいなと思いました。各団体の担当を決め、現在編集作業中です。取材の様子を毎日新聞(6/27)に取り上げていただきました。「つながり続ける人を増やしたい」と見出しをつけてくださった青木記者に感謝です。

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毎日新聞6月27日復興小冊子

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 6日、東峰テレビで13時-17時まで「被災から2年、いま。知山知水から復興へ」が放送されます。地域外からでも以下のサイトで観ることができます。https://www.tohotv.jp/ 私は16時半前後の10分ほど「芸術文化と復興ー英彦山分水嶺から見直す」という題目でお話しする予定です。現在、九州大学ソーシャルアートラボで取り組んでいる復興ガーデン黒川復興ガーデンとバイオアートー英彦山修験道と禅に習う)や復興支援団体小冊子のことも紹介したいと思います。

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 支援先である福島のたんぽぽサロンの永野さんが、今週の九州を襲った大雨について、心配してメールを送ってくださいました。災害後1年目にも同様の大雨があり、復旧しかけた道路等に被害がでました。今年同様の被害があれば、それこそ心が折れてしまうのではと心配していたところです。永野さんの「福島のみんなでそちらを思っています」というお言葉、心にしみました。愛や尊敬、いたわりは実質的なエネルギーだと感じました。福岡にいらっしゃったら、ぜひお会いしたいです。永野さんからのメッセージと、愛らしいお子様やお母様たちのお写真を紹介いたします。
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知足さま

やはり大変な状況なのですね。せっかくここまで頑張ってきたのに…ご無事を祈ります!!
テレビでは刻々と九州の状況が深刻になるようでとても心配です。どうぞ皆様ご無事でありますように。被害が膨らみませんように…
何かできることがあったらいつでもご連絡ください。福岡の人と子育て支援勉強会で数日前に知りあえて「遊びにおいで」といっていただき「行くなら九州大学に会いたい人がいて」という話をしたばかりでした。テレビも数日見ていなくて、このニュースを知り驚くばかりです。今回はおいしそうな果物が入っていたのでみんなでお昼の時に食べました。とてもおいしくいただきました。親子の楽しそうな画像を送ります。たくさんのお野菜ありがとうございました。今回はスタッフも持ち帰らせていただきました。毎回丹精込めて作られたお野菜親子のもとへ届いています。
今回の台風で大事な畑にも被害が及びませんように。皆様のご無事を心から祈っています。
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知足さま

天候はどうでしょう?福島のみんなでそちらを思っています。野菜は休止してくださいね。まずは、皆さんが元気で明日を迎えられますように!
かわいい親子の笑顔です。美味しいっていいかおです❗ご覧下さい
    たんぽぽサロン 代表 永野美代子

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 知足です。6/19、復興支援団体小冊子づくり(→説明ページ)のため、英彦山地域デザインLLPと、東峰テレビに聞き取り調査を行いました。また、黒川復興ガーデンプロジェクトに関連して、九州大学の学生たちと社会人有志で英彦山の国指定史跡「雪舟庭園」を見学しました。

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【英彦山地域デザインLLP】 英彦山地域デザインLLP(HP) の加藤憲司さん(建築家)、川畑裕己さん(Webデザイナー)にお話を伺いました。メンバーは落合小学校の保護者仲間だそうです。各自の職能を活かしながら地域おこしをされており、豪雨災害後(添田町も激甚指定地区)は復興と連動されています。

 動機は「将来、子供たちが地域にかえってくるように。彼らが地域で生きるための産業を起こしたかった」ということです。子供たちの未来を考えて活動を始められたことを知り、だからこそ社会的意義が深い、愛ある活動がぶれずに行えるのだと納得しました。流木被害をうけて、木を有効活用する(暮らしの木質化)が山を守ると考え、「木もく祭りin英彦山(HP) 等を開催されています。

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 三大修験山のひとつである英彦山には豊かな自然や歴史があります。「英彦山を好きになってもらいたい。コミュニケーションをデザインしたい」という言葉が印象的でした。分散しがちな地域の活動団体の力を、これからも英彦山ネット(→HP)等でまとめ、交流する「場」をつくっていきたいとのことでした。

 また「LLP前向きで、集まっていると楽しい。やらされている仕事にならないよう、具体的目標を作らない。すすんで活動する姿を(子供たちに)みせていきたい」という明るいエネルギーが素敵だと思いました。今後、英彦山こてんぐ塾(→HP)と協働で8月に「沢登り体験イベント」。12/8の「ふくおか水もり自慢」(→HP)に関わっていかれるとのことです。


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【東峰テレビ】岸本晃さんは元テレビ制作部で記者、編集、ディレクションなど幅広く手掛け、活躍されていた方です。23年前に独立し、2010年に東峰村のケーブル放送メディア「東峰テレビ(HP)を創設されました。

 地域住民にディレクター等をやってもらい、一人一人が制作し視聴するという地方創生テレビです。創造し視聴するという双方向のコミュニケーションが、地域の意識を進化させ行動に反映されるという情報の循環を生み出しています。番組づくり(創り手になること)が重要な想像力を培う、まさにソーシャルデザインの実践だと感銘をうけました。岸本さんは豪雨災害直後から孤立した東峰村の「今」を発信しつつ、住民を励ましました。

「取材しエディットすることは現実の相似形を作ること。他者の現実を知ることで、ものの見方が多角的になり世界の中での自分の位置を客観的に知ることに役立つ」というお話が印象的でした。私は「すべての人間は社会を彫刻するアーティスト(自分で考え、決定し、行動する人間)にならねばならない」という現代美術家ヨーゼフ・ボイスに通じる実践だと感じました。また、九州大学ソーシャルアートラボ(→HP)の目指すところの「社会包摂」について、深い示唆を与えいただきました

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【英彦山雪舟庭園】黒川復興ガーデン(→説明ページ)の9月の作庭、植樹計画に向けて、学生たちと「禅と庭」について勉強をしています。その一環として、英彦山の雪舟庭園(→石庭解説 699㎡)は、禅僧の雪舟によって文明9-14(1475-1481)に作庭されました。雪舟が明から帰国した1469年は応仁の乱の最中だったので、彼は九州を中心に避難したそうです。そのうちの数年間を英彦山の亀石坊で過ごし、築いたといわれる庭園です(→諸説あり)。昭和3(1928)に国指定名勝となりました。雪舟の弟子に「彦山家円坊等琳」という山伏がいたそうで、雪舟と英彦山との関係がうかがえます。 池泉(ちせん)観賞式庭園といい、「心」の草書体をかたどった心字池があります。 龍門瀑(りゅうもんばく)という、鯉が滝を登ると龍になるという故事、登竜門に因んだ「鯉魚石(りぎょせき)」が置かれています。大雨の後、添田町がこの滝の石組に水が流れないように工事をしてしまったのが、大変惜しまれます。亀石と鶴石が、池の中で向き合うように配置されています。奥には築山の上部や背後の遠景とされる「遠山石(えんざんせき)」という立石が据えられています。昨年10月に講演にお招きした禅僧の枡野俊明先生(→報告ページ)(→講演録)がこの遠山石をみられて「石の下に平石を複数重ね、角度を調整した跡がうかがえます(手前の土が剥落しているので観察できる)。この角度でなければいけない、と作為を加えた痕跡です」と解説してくださいました。
 雪舟庭園の近くには、私が研究している宝篋印塔(→研究論文)と実家があります。この付近で昔は入山許可を出していた、と聞いたことがあります。

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知足です。

6/11に朝倉市黒川の共星の里で、復興の庭づくりの打ち合わせと、災害ボランティア団体のJRCV朝倉チーム螢火への聞き取りを行いました。また田主丸グリーンセンターで植樹のための木の選定の準備を行いました。


🔹【復興支援団体小冊子のための取材】(→小冊子の目的

 JRCVとは「日本レスキューボランティアセンター」の略称です(→HP)。大災害時に支援者と受援者をマッチングさせ、救援リーダーを派遣し、救援システムを稼働させることを目的としています。

 岩佐憲一郎さんはJRCVのメンバーで、消防士でもあります。2017年の豪雨災害後、道路が寸断され復旧が遅れた高木地区(黒川等)を中心にサポートされました。高木地区は清流の螢が美しい場所として有名だったことから、「螢が復活し、人々の心に灯りがともるまでお手伝いしよう」と、活動団体を「螢火」と名付けたそうです。伊藤リカさんも螢火のメンバーで、ボランティアのマネージメントを中心に活動されました。被災地の自助努力を支え、ボランティアのリピーターを増やすよう尽力されたそうです。いざ災害に見舞われた際、即、行動を起こすことは想像以上に大変なことです。お二人の決断や行動力に支えられた方は多かったと思います。貴重なお話をありがとうございました。詳細は、小冊子の方でお伝えいたします。

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🔹【黒川共星の里・復興ガーデンプロジェクト】(→これまでの活動報告

 昨年から続けている九州大学ソーシャルアートラボの復興の庭づくりの進捗です。長崎から石彫家の坂本浩人さんをお呼びして、共星の里の柳一暢さん、尾藤悦子さんと共にブレインストーミングを行いました。これまでの企画案を具現化するワークショップを9月と翌年3月おこないます。9月は、災害後の土壌改良にも配慮した石や土、木の造園。3月は、流木を活かした東屋(草屋根)づくりと、草花の植栽を行う予定です。


「風と水と土の道・再生のためのワークショップ」vol.1

黒川復興ガーデンとバイオアート-英彦山修験道と禅に習う

 

2017年九州北部豪雨災害復興のために、朝倉市黒川の「共星の里(廃校利用の美術館)」と協力し、流れ着いた岩石を活かした復興ガーデンを共創します。庭づくり第一弾として、土の中の空気と水の循環に配慮し、災害後の土壌改良を意図した「枯山水」づくりを行います。また、四季の美しさを感じ、子供たちが遊び、蜜源にもなる花木の植樹をします。翌年3月には第二弾として、流木による東屋(草屋根)制作、および草花の空間づくりを行います。

■日時:2019年911()13:00-17:0012日(木)10:00-17:00

■場所:共星の里(福岡県朝倉市黒川1546-1

9/11(水) 

13:00-17:00

【土壌改良と枯山水づくり】竹を伐採する。枯山水に沿って側溝を掘り、竹や炭、小枝、玉砂利を敷く。

9/12(木)

10:00-15:00 昼食各自持参

【石の造作】石のレイアウトを行う。側溝の土を使って盛り土する。

15:00-17:00

【花木の植樹】参加者で花木の配置を考え、植樹する。

■講師 

○坂本浩人:石彫家(狐谷石器代表)。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒。福岡教育大学非常勤講師。インド、イタリアなど国際美術展参加多数。パブリックコレクション《ザトウくじらのモニュメント》他。

○柳和暢:1947年福岡県朝倉市生まれ。1971 年に渡米し、30年間をサンフランシスコで過ごす。現代美術作家として国内外で個展やライブペインティングを行うほか、音楽家・喜多郎のライブツアーやアルバムジャケットのアートワークを手掛けるなど、日本、米国、ヨーロッパなどを舞台に幅広く活動を行っている。2000年から廃校利用の美術館「共星の里」のアートディレクターとして企画・運営に携わる。

○知足美加子:九州大学准教授。博士(芸術学)。彫刻家(国画会会員)。山岳修験道学会評議員(英彦山山伏「知足院」の子孫)。九州大学災害復興支援団。ソーシャルアートラボコアメンバー。1999年よりアートプロジェクトおよび復興支援活動を行う。九州北部豪雨災害(2017)の被災木を活かした彫刻や栞を制作し復興の一助としている。

■技術サポーター

○泉田寿裕(復興ボランティア、泉田商店代表)

○脇大志(大工)

○田中一成(田主丸グリーンセンター代表)

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「風と水と土の道・再生のためのワークショップ」vol.2

流木による東屋(草屋根)制作、草花と粘菌の空間づくり


■日時:2020年35()10:00-17:006日(金)10:00-17:00

■場所:共星の里(福岡県朝倉市黒川1546-1

3/5(木) 【流木による東屋制作】

3/6(金)【草屋根づくりと粘菌探索、草花の植栽】

■講師 

池上一則(大工)脇大志(大工)杉岡世邦(杉岡製材所代表)

清水邦義、知足美加子(九州大学)

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植樹の木の選定でご相談した田中一成さん(田主丸グリーンセンター)から冷たいラムネをいただき嬉しかったです。田中さんの木の知識の広さには脱帽しました。

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この日は天気が良く、4/27に取材した農業家の林利則さん(子供の農業体験受け入れ)のところにも、福岡市から120人の小学生が田植え体験にきていました(撮影:原野明彦・グリーンツーリズム)

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 現在、共星の里 黒川INN美術館では「廣海充南子 日常曼荼羅展」(→紹介ページ)が開催されています(〜7/15まで)。まず、美術館入り口に掲げられた大きな曼荼羅と祈りの手。その美しさに息を呑みました。会期中、廣海さんは制作を続けています。ありのままに心を開いた廣海さんを「今」が透過し、水鏡のように曼荼羅に映し出されていきます。災害で傷ついた場への鎮魂と、慈愛、祈りが、凛と静かに響いていました。

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共星の里の隣の宮園地区に、宮崎さんご夫妻がおられます。そのあたたかなお人柄に、お会いするだけで心に花が咲いたように感じます。実は昨年7月のSAL現地研修の際、柳さんが川からレスキューしたお地蔵様が修復されて戻ってきたのでした。その後、この宮園地区のお地蔵様であることがわかり、今は宮崎さんをはじめ地区の方々が大切にお祀りしています。それから、この地区では被災した田畑にコスモスを植え始め、コスモスドレッシングを作るに至ったのです。「お地蔵様のおかげ」といつも言われています。宮崎さんご夫妻の庭には手作りの東屋(あずまや)があり、訪れる度あたたかくもてなしてくださいます。共星の里の東屋もここに倣いたいです。

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 ご夫妻宅の近くには、英彦山山伏が作った高木神社(昔の大行事社)がいまも大切に祀られています。災害直後(2017年7月26日)も高木神社までは車で来ることができました。2年ぶりに手を合わせ、ご縁に感謝し復興のイメージを心に刻みました。
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知足です。 
 九州北部豪雨災害 (2017年7月5日)から2年が経とうとしています。
 昨年より取り組んでいる、朝倉市黒川にある共星の里での「復興の庭」づくり、および各復興支援団体を紹介するための小冊子づくりについてご紹介します。

ソーシャルアートラボの取り組みの一環として、 9/11-13に、黒川で復興の庭づくりワークショップ(土木、植樹)
 来年3/6-8に、庭の植栽、粘菌ワークショップを計画しています。
(昨年度の活動)

 現在は、豪雨災害に関わる復興支援団体を紹介する小冊子づくりのために
学生と社会人で編集部を結成し(社会人の部活動と位置づけ)、聞き取り調査中です。
 現地にいき、実際にお話をうかがっています。学ばせていただくことばかりです。

 被災地では、 みなし仮設がおわるこの夏を境に、離郷する方もおられると聞いております。
 復興の庭や小冊子が、この心理的な時間の亀裂をつなぐことの一助になれば幸いです。
  • 創造側に立ち、美しさに貢献する機会を生み出すこと。
  • 黒川(被災地)に訪れる契機をつくること。
  • 花や蛍など、「循環する時間軸」を際立たせることに繋げる。
 花咲く木を植えれば、美しいだけでなく日本ミツバチの蜜源になります。
 参加者ひとりひとりのアイデアや労力などによって、
「創造の担い手として加担した」という感覚をもつ関係人口を増やしていきたいです。

この小冊子の目的は
1.継続中の復興活動の告知(創造活動を中心として)
2.支援者とのマッチング(ニーズの見える化。アクセスの担保)
3.復興活動同士のネットワークづくり。理解促進
4.防災意識の継続・深化
となります。
聞き取り調査先と今後の調査予定です。


●4/22 「朝倉市観光案内所、朝倉市役所、道の駅三連水車の里」
●4/27「朝倉市黒川院慰霊祭(黒川地区コミュニティ協議会等関係者)」
●5/14「朝倉商工会議所青年部」
●5/21 「黒川復興プロジェクト、宮園タンポポの会」
●6/11(火)「共星の里、JRCV朝倉チーム螢火、田主丸グリーンセンター」
●6/19(水)「英彦山地域デザインLLP、東峰テレビ」
●6/26(水)「杉岡製材所、杷木復興支援ベース、東林田ラバーズ」


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知足です。

 3月23日(土)に、九州北部豪雨(2017年)の激甚災害指定地区の一つである福岡県添田町で、復興祈願モニュメントのお披露目会がありました。豪雨災害で倒木した樹齢300年の天然記念物「吉木の山桜」を彫刻として再生させる取り組みです。添田町がクラウドファンディングで寄付を募り運営してきました。(→https://readyfor.jp/projects/soeda-sakura2018)
 私は英彦山(添田町)の山伏の子孫であり、そのご縁から彫刻制作の部分で協力をしました。英彦山の守護童子をモチーフにしています。

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 お披露目会のご挨拶では、この彫刻の経緯(ページの下部に記載)や復興支援のための制作が中越地震(2004年)の山古志村への寄贈から始まり、ここでみた木喰の1本のイチョウから彫られた35躰の仏像に強く影響を受けたことを伝えました(→山古志村寄贈風景)

 現在、JR日田彦山線の添田駅〜夜明駅が豪雨災害の影響で不通になっており、この取組みはその開通祈願でもあります。吉木の山桜の横を走る線路は、この不通区間にあたるのです。
 このお披露目会の日、奇しくも東日本大震災で被災した鉄道が、三陸鉄道リアス線として復旧しました。三陸のニュースの映像をみて、私は「動き出した列車は人の心を動かし、確固たる復興のイメージを形作る」ことを感じました。不通になっている路線の復旧(列車の音、景観などが人に与える価値)は、貨幣を超えた「文化資源」なのです。私の個人的な考えですが、不通区間を「災害復興線」と位置付けてはいかがでしょうか。災害の記憶伝承、復興の取組み紹介、英彦山修験道の歴史文化などを感得できる魅力的な付加価値のある路線としての再生を願わずにはいられません。(自然を神仏として崇敬する先祖の山伏達なら、現在トンネルを掘っている釈迦岳を触ることには慎重だったと思いますが)

 英彦山守護童子の彫刻制作の際、木材資源工学の藤本先生に木材の割れ防止法をご教示いただき救われました。痛みの多かった山桜の製材についてのは、杉岡製材所が真摯に取り組んで下さいました。またクラウドファンディングの返礼品は英彦山デザインLLPが山桜で素敵なキーホルダーを制作してくださいました。もったいなくて私はキーホルダーではなくお守りとしています

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(知足の彫刻説明ページから引用)

「2017年、九州北部豪雨災害は大規模な山林崩壊(約1065万トンの土砂流出)、および約21万トンの流木被害を引き起こしました。
 その際、英彦山の麓に咲き続けた天然記念物「吉木のヤマザクラ」が倒木してしまいました。その命を惜しみ、添田町役場が中心となって山桜を彫刻として再生させる取り組みが行われました。私は英彦山山伏の子孫であり、そのご縁から彫刻制作の部分で協力をしました。英彦山山伏は、木や水など自然を神仏として崇敬していました。何百年も愛され、地域の方々の心の支えとなってきた山桜。木と人間が愛と尊敬で結ばれた関係は、これからの自然との共生のあり方を示唆しています。
 吉木の山桜で制作した「花開(はなびらき)童子」は英彦山49窟のうちの第19窟「花園窟」の守り神です。不動明王脇侍(きょうじ)「矜羯羅(こんがら)童子」をモデルにしています。英彦山の「彦山仁王教曼荼羅(まんだら)」に描かれている矜羯羅童子は、「花(蓮華)」を頭にのせているところから、山桜を連想できるものとして、この意匠を参考にしました。
 もう一躰(たい)は「福太郎童子」で、朝倉の災害流木を使っています(→杷木小学校に寄贈した龍を彫った木材)。福太郎童子は、第9窟である天上窟(英彦山山頂付近)を守っているとされています。英彦山山頂の力強い風や水の流れを表現しようと考えました。
 制作にあたって、300年少しずつ成長した山桜はとても硬く、また制作中に乾燥によるねじれや割れが生じ、苦労しました。しかし彫りすすめるにつれて、なんとも言えない品のよい美しい木肌があらわれ、その素晴らしさに魅了されました。もともと山桜は大好きな花でしたが、その美しさは、すでに幹に内包されていたことを指先で実感しました。
 桜は、見上げて鑑賞することが多いため、記憶に中にある桜の背景には「空」があります。そして、咲く姿とともに、その散りゆく姿が人々に深い感情を呼び起こします。桜を見上げるときに、どこかで「命」のことを感じているような気がするのです。「来年もあの桜が咲いてくれる」と思うことで救われてきた人々の「祈り」が託されているからこそ、桜は美しいのかもしれません。ヤマザクラの命がこの彫刻の中で生き続け、人々の祈りを空に届けてほしいと心から願います。



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*西日本新聞、朝日新聞、NHKが紹介してくださいました
→朝日新聞3/26朝刊(下記添付)

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知足です。

 東日本大震災から8年目の3月11日の朝が明けました。私たちの意識を、根底から覆すことになったあの日。私たちの行動や社会の仕組みは、前に進むことができているのでしょうか。

 昨年の11月に、支援先の福島の永野さん(たんぽぽサロン)からいただいたメッセージを以下のページに記載しています。子育て中のお母様たちの声を届けてくださいました。

http://elfinfukuoka.blog.jp/archives/78228827.html

  • 3/11の夜に永野さんよりメッセージをいただきました。このページの下部に転載させていただいています。
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🔷 放射線の問題は終わってなどいないです。だって、震災前に決して戻れることはないんです(中略)。味わわなくてすんだはずの想いを子どもにさせてしまったことは消えないです。

🔷  福島県は決して復興はしていないと思います。ただみんながそれにあえて触れようとしないだけであって、放射線に対する今後の不安が無いわけではありません(中略)。「福島県出身」というだけで、レッテルをはられて嫌な思いをさせられたり、もしかしたら結婚する時に問題視され、差別?される可能性もないとは限らない…特に娘に関しては出産して無事に健康な赤ちゃんが産めるのか?何か影響は無いのか?など…大げさかもしれないが、どうなるかは誰も分からない…と考えてしまいます。震災があった事で何の罪もない子ども達の未来が、思いもよらない悪い方向に進まないことを願います!
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 問題は、現在進行形である復興を、さも完結したように錯覚し、意識の外に追い出してしまうことだと思います。「あたりまえの毎日」を取り戻すことに、いまだ大きなエネルギーを必要としている方々がおられるということ。そして、自らも「(被災する)可能性としての当事者」であること。今一度胸に刻みたいです。



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 2019年1月に逝去された哲学者・梅原猛の対談「 3.11後を生きる君たちへ~東浩紀 梅原猛に会いにいく~」がNHKで再放送されていました。

 震災後の私たちは、どう生きていけばよいのか。梅原猛は政府の復興構想会議に参加し、現在の文明のあり方を問うたそうです。「この災害は天災であり、人災である。そして『文明』の災でもある。原発を使って人間の生活を豊かにし便利にする、そういう文明が災にあった。今、文明が裁かれていると思います」これを、真っ向から政治に対して発言している彼の姿に、尊いものを感じました。

 対談の中で、私の先祖である修験者たちが大切にしていた考え方が紹介されていてハッとしました。それは「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」というものです。木や石にも魂が宿り、成仏をめざしているという考え方です。私がよく耳にしていたのは「山川草木悉皆仏性(さんせんそうもくしっかいぶっしょう)」というもので、あまねく自然界に魂が宿っているという認識についての言葉でした。 この考え方を修験道関係の論文で引用しようと思ったのですが、仏教語大辞典では「中陰経にいうといわれた偈(げ)の一部だが、平安期に口伝法門系(修験)で偽作されたものだろう」と書いてあります。私としては修験以前の縄文期から、森多き日本に根付いていた思想だと思っています。

 梅原猛は「植物中心の共存思想」に人類はシフトしていかなくてはいけないと主張していました。人間中心主義:自然界は数値におきかえ支配できるとしたのデカルト以降の考え方から人間は間違った、というのです。また永劫回帰(「あらゆることは無限にくりかえされる」というニーチェの思想)を日本的なものにひきよせて語っておられました。これは四季の変化をくりかえす日本の環境から生まれ、共有されてきた感覚です。ずっと先の子孫が自分と同じようにセミを虫網でとれるようにと、永遠に繰り返されるものを感じながら、いまやるべきことを考えるというものです。人間の時間のスパンを越える時間軸で社会をデザインする際、想像力の起点となるものは、やはり植物や水などの自然物なのです。

 エジプトが太陽と水の恩恵を感じ神格化したのは、「農業」が中心だったからだと彼は話します。自然と共存する思想を、文明が取り戻すこと。それが3.11後の私たちの生きる道だと。「一粒の麦死なずば」(だれか一人にでも届いたなら続いていく)という梅原猛の最後メッセージを、いまこそ真摯に受け止め、行動していきたいと思いました。

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 毎年、3月に寄付をしてくださる花崎望さんご夫妻がおられます。今年も私たちにとっては大きなご寄付を賜りました。正直申しますと、現在寄付はほとんどない状態なので、花崎さんのご厚意は大変ありがたく思っています。心より感謝申し上げます。現在、熊本震災支援もかねて、熊本の有機栽培野菜を福島の4か所に毎週送付しています。今後、寄付が底をつくと、それを継続することが難しくなってしまいます。

 災害直後、新聞社から取材を申し込まれた際「3年続けられたら取材してください」と断ったことがありましたが、皆様のおかげで8年も続けることができました。8年たったからこそ、現在進行形の復興のあり方を発信できるのかもしれません。できるかぎり続けていけたらと思います。

 現在、九州北部豪雨災害の被災木で、英彦山の守護童子を制作中です。その一躰(たい)の足とおなかの部分について、花崎さんのお子様のお写真を参考にさせていただきました。ありがとうございました。

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*3/11の夜、福島県白河市の永野さん(たんぽぽサロン)から、メッセージが届きました。被災地の当事者の方々が、関連する報道をみる際に沸き起こる思い、想像するにあまりあります。永野さんからの言葉を真摯に受け止め、つないでいけたらと心から思いました。

【NPO法人子育て環境を考える虹の会たんぽぽサロン代表・永野美代子様より】

 毎月、お野菜を親子に送るためにご尽力いただきありがとうございます。2月も野菜が届きみんなで喜んで受け取りました。写真を撮り忘れてしまいました。ご連絡が遅くなり申し訳ありません。生産者の皆さま、ご寄付をいただいた皆様に感謝いたします。


 今日は、3月11日。震災から8年が経過しました。3月が近づくにつれ、やはり気持ちが落ち着かなくなる私がいました。そしてこの数日は震災関連のテレビ番組もいつも以上に増えてきます。今朝も8年過ぎた今の福島の様子を映し出す県内のニュースが続いています。

 テレビ画面の中で笑っている人、ここまでどんなに苦労してたくましく生きてきたんだろう…テレビ画面の中で涙をこぼしている人、ここまでどれほどの悲しみを背負ってきたのだろう…テレビに映っているのは、その人のほんの一部分だけ。言えない見せない辛さをたくさん乗り越えようと頑張ってきたのだろうと思います。そして、その後ろ側にどれだけの人が今現在も苦しんでいるのだろう…そう思ったら、あの時に生かされた自分にここまで何ができてきただろうかと思います。

 たんぽぽサロンで「8年をあっという間だった・・」と話すお母さんたち。8年前は、結婚していなかった人もいます。学生だった人もいます。結婚、出産、子育てと夢中に過ごしてきたのは今、就学前のこどもたちの母親たちです。震災の時に子育て真っ最中だった現在小学生、中学生の母親たちとは少し感覚が違うかもしれません。が、3月11日の恐怖・不安は今もまだ忘れてなどないのだとあの日のことを語るときに見せる彼女たちの表情からすぐにわかります。

 私にとっての8年は、とても長かったです。数十年分、必死に走ってきたように思います。あのころは、「どうしよう どうしよう」とおろおろすることばかりでした。一人ではたっていられなくて支えてもらっても崩れ落ちそうな気持の中、頑張ってきたように思います。少しずつ息切れの時期もありました。もっと辛い思いをしている福島県人がいると思うたびに自分の弱さを責めて、燃え尽きてしまいそうでした。

 でも、この苦しさの中で県外からたくさんの方々に応援していただいたから今の私があります。たくさんのつながりができたから頑張ってこれました。こどもたちの笑顔と頑張っている親たちがいてくれたから育ちあうことができました。 これからも「ひとりじゃないよ」と言い続けながらやれることをやっていきます。「どうしよう」と思ったら「じゃ、こうしてみよう」「何とかなる。何とかする。やるしかない」と未来に向けて頑張っていきたいと思います。

 日本中の方に、まだ原発問題は収束していないこと除染した汚染された土の入った黒い袋は増えるばかりなこと放射線物質は見えないから不安なことまだ、避難中の親子がいることなどなど知ってほしいなぁと思います。復興という言葉ばかりが先行して終わったこととして忘れ去られてほしくないなぁと思います。

 雨が降ったり地震があったりすると 真っ先に原発が心配になり不安になり、ガソリンや水や携帯充電が気になってドキドキしてしまうことが ずっと8年続いてきました。この先もきっとそうでしょう。そんな中でも、人間の持つ知恵と自然の持つ治癒力を信じてできることをしていきたいなぁと思います。 今日が、穏やかで何事もなく「普通で」静かに終わることが出来れば 十分に幸せです。明日から、また 元気に歩きだします。大人の責任として 頑張っていきたいと思います。

 長々と書いてしまいました。3.11の日には、私は、震災関連のテレビを見たり、ネットニュースを見るのが辛いです。明日の朝、笑顔で迎えられるように静かに早めに休もうと思ます… この8年間、変わらぬご支援本当にありがとうございます。励まされてばかりです。このご縁に感謝して、恩送りしていきたいです。


3.11に知足さん、九州の皆様に感謝をこめて

NPO法人子育て環境を考える虹の会たんぽぽサロン代表・永野美代子





2019.2西原村観音堂
 
 知足です。
 熊本震災支援として、2016年より「板倉の家ちいさいおうちプロジェクトー森と暮らしをつなぐ復興住宅」(→紹介ページ)を、安藤邦廣先生(筑波大名誉教授)を中心に行ってきました。翌年の2017年、九州北部豪雨災害において復興メンバーの一人である杉岡さん(杉岡製材所)が被災されました。その際、災害ボランティアとして一番に水をもって駆けつけたのは、熊本での支援先である藤本さん(藤本和想建築)たちだったといいます。
 熊本震災支援の共創の中でつちかわれたパートナーシップや連携力が、その後の九州北部豪雨災害および西日本豪雨災害支援(安藤先生設計の福島の板倉仮設住宅が、岡山の総社市に移設→日本板倉建築協会記事)につながりました。復興支援にかかわることが、その後の災害時対応力・レジリエンス(回復力)を強めることをつくづく感じます。

 とはいえ(九州北部豪雨災害復興のため)私としては熊本震災支援に注力できない状態が続いていましたが、昨日熊本に訪れ、地域主体の復興の動きを感じることができました。2016年に西原村に板倉構法の避難小屋「西原習合堂」を建設していましたが、その建物が地域の方々の意志で「観音堂」として再生したのです。藤本和想建築の若い方が(同じ地区公園への)移設を請け負ったそうです。安藤先生、木材を寄贈してくださった那賀川すぎ共販共同組合(徳島県)、杉岡さんらとお参りさせていただきました。馬頭観音が祀られ、大切にされていました。宮城県から大工さん(脇さん)が運ばれた雄勝石(硯用の石)もそのまま装飾に活かされていました。
 お堂の中で手を合わせると、杉の香りに包まれ、なんともいえない安堵感がありました。地域の方々をつなぐ精神的拠点になったことを、メンバー全員とてもうれしく思いました。



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 筑波大学での安藤先生の教え子宮野桂輔さん(建築家、NPO熊本まちなみトラスト理事)が、被災した古民家復旧を板倉構法で行っているところを視察しました(→新町小町紹介記事)。土壁が地震によって剥がれ落ちたとのこと。柱などの構造を活かしつつ、壁を板倉に代えていくプロセスの説明を受けました。住宅に対する医療的な手術にみえました。マスコミの報道だけが世の中ではなく、災害復興は少しずつ生きる営みのペースで進み、すべてが現在進行形であることを痛感しました。
 この新町小町の街並みには、自然食レストランpurely(→公式HP)があります。センスがよく、お食事しましたが本当においしかったです。このお店も板倉構法を使って、店内を整備されていました。



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 熊本市東区に、板倉構法の復興住宅が建てられたとのこと(藤本和想建築)。とても嬉しく思い、見学会に参加させていただきました。湧水の川沿いのロケーションを背景に、木材に包まれた家のたたずまいは、本当に素晴らしかったです。玄関をくぐった瞬間、心地よい光と香りに包まれ、家全体からあたたかく迎えられたような感じがしました。この家で毎日すごされるご家族は、きっと末永く安らかな幸せに包まれるだろうと想像しました。
 笑顔が素敵な施主の小鹿さんご夫妻から、被災時のお話などをうかがいました。奥様はシックハウス症候群(建材等から発生する化学物質による健康問題)の傾向があるそうですが、板倉の家は大丈夫とのこと。また地震への耐性の強さを鑑みて、板倉構法による建て替えを決心されたとのこと。床と天井は、熊本の木材を使われており、木材の地産地消という考え方も素敵だなと思いました。


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 知足です。本年もよろしくお願いします。
 昨年から取り組んでいる「黒川復興ガーデンとバイオアート」プロジェクト(九州北部豪雨災害復興支援)について、作庭のワークショップを以下の映像(10分)にまとめました。よろしかったらみてください。参加者の方々の真摯な心がつたわってきます。*下記文章は、私が関わった本年度の復興支援と海プロジェクトに関する活動報告になります。
https://youtu.be/4bDNGUSVHgE




【災害復興×アート、美しい庭としての再生】  知足美加子

 大規模な山林崩壊(約1065万トンの土砂流出)を引き起こした九州北部豪雨災害(2017年)。 災害直後、おびただしい量の流木や巨石が流れついた「共星の里(朝倉市黒川の廃校利用の美術館)」の被災現場に圧倒されながらも、「ここがいつか美しい庭として再生している」というイメージが私の心に浮かびました。 
人間が心の力を出し合い共同で何かを創造することは、尊厳を回復し前を向く契機となる」、そう信じて復興ガーデン制作を企画しました。本プロジェクトは「命」を潜思し、心安らぐ空間(庭)を、愛をもって創造するものです。
 黒川は英彦山修験道文化圏に属し、室町時代より英彦山座主院を大切に守ってきた地域です。 英彦山には、自然を凝縮し慈しむ石庭が複数存在します (知足は英彦山山伏の子孫)。修験道は自然を信仰の核におき(山川草木悉皆成仏)、水、植物、石、土(微生物)、気配にも神仏を見出しました。 英彦山修験道および禅の庭に習い、植物や粘菌なども取り入れ企画・提案を行います 
 庭は3年の時間をかけ(2018-2020年度)、一般市民と共に企画・制作します。地域内外の方々と深く感じ、考えあわせることで、人々の意識が「場」に永続的につながることを目指します。 最終年度には、庭を静かにみつめ感得したものを、互いに自由に表現し交流する「美的コミュニケーションの場」を設けたいと考えています。 
 そのためにまず本年度は「感じることから始める」をコンセプトに被災地をめぐる現地研修(7月)を実施しました。 10月に共星の里において、枡野俊明講演会(禅僧、作庭家)を開き、禅の庭の根本概念について学びました。その後参加者はグループに分かれ、造園にむけてのアイディアを創出しました。 11月には、本学に柳和暢、尾藤悦子(共星の里)、杉岡世邦(杉岡製材所)を招き、前回のアイディアをブラッシュアップするブレインストーミングを行いました。 
庭は3年の時間をかけ(2018-2020年度)、一般市民と共に企画・制作します。地域内外の方々と深く感じ、考えあわせることで、人々の意識が「場」に永続的につながることを目指します。 最終年度には、庭を静かにみつめ感得したものを、互いに自由に表現し交流する「美的コミュニケーションの場」を設けたいと考えています。 
 そのためにまず本年度は「感じることから始める」をコンセプトに被災地をめぐる現地研修(7月)を実施しました。 10月に共星の里において、枡野俊明講演会(禅僧、作庭家)を開き、禅の庭の根本概念について学びました。その後参加者はグループに分かれ、造園にむけてのアイディアを創出しました。 11月には、本学に柳和暢、尾藤悦子(共星の里)、杉岡世邦(杉岡製材所)を招き、前回のアイディアをブラッシュアップするブレインストーミングを行いました。 
 来年度は黒川地区を中心とした被災地の方々に、できるだけ個別に聞き取りを行えたらと考えています。 仮設住宅とみなし仮設は、2019年の夏を目処に入居の期限が終了してしまいます。これからの住居や仕事をどうするのか、入居者は決断を迫られているのです。 聞き取りの際は上記の庭の企画案についても意見をうかがい、「造園後には立ち寄って、近況を語りあう場にしてほしい」と伝えるつもりです。 大規模災害が複数発生している昨今、九州北部豪雨災害被災地への関心が薄れたように感じる方や、「我慢しなくては」と苦しさを抱え込む被災者もいるかもしれません。 しかしここが幸せな復興をとげる姿は、今災害に直面する人々にとっての救いや希望になることを忘れてはなりません。
→九州大学ソーシャルアートラボ(復興支援)


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【海音のサンドアート -志賀島に龍神を描く】  知足美加子
 

 志賀島にある志賀海神社は「龍の都」とよばれ龍を大切にしてきたところです。龍は水の神様。水を治め、波や潮の満ち引きもおこせるといわれています。日本は今、豪雨や台風による災害が増えています。水への祈りをこめて、子供達と砂浜に力をあわせて大きな龍を描くワークショップを企画しました。音叉と波の音に耳をすませながら、志賀島に「海音の龍神様」を招くものです。10/7(2018年)は前日までの台風の影響を鑑み、正式には中止となりましたが、有志で災害復興祈願として砂浜に龍を描くことになりました。すると、当日参加予定だった地域の方々が、大きな龍の作画やドローン撮影で協力してくださいました。龍のうろこや瞳が貝で装飾され、砂の美しい質感をもつ海の龍が完成しました。


 2018年12月22日に行われた公演「冬至にうたう『阿知女作法』〜ISOLA2018〜」において、私は美術を担当しました。「阿知女作法」は志賀島に伝わる神楽歌なので、この海辺の龍のイメージから舞台美術を発想しました。透明な円柱に、塩と杉、山桜の粉を積層しています。塩は「海」、杉は「船」、山桜は「山」として、海と山の繋がりをイメージしました。これらに波の映像が揺らいで、たくさんの龍が飛んでいくようにみえました。 

知足です。福島の永野さんより、思わず笑顔になってしまう陽だまりの中のお子様達のお写真と、深く考えさせられるお便りをいただきました。実は九州北部豪雨災害の復興支援(11/10)(復興の庭活動報告)の取組みの中で、福岡エルフの木の活動を紹介したところでした。福島など被災地の思いを感じ、寄り添い続けること、愛と尊敬を送り、意識を継続させる仕組みが必要であることを話しました。この活動の意義は、みなさんの今を伝えることです。永野さんとの信頼関係の中で話してくださった、福島のお母様たちの声を、お伝えします。


 知足様

こんばんは。福島県たんぽぽサロンの永野です。
今月も新鮮な野菜が届きました。
箱を開く瞬間も、嬉しいですし、野菜に添えられた、生産者の皆様からの調理の仕方が書いてある野菜のご紹介文もとても楽しくみんなで見ています。
今回は、みかんがはいっていてみんなで喜んで
お昼の時間に食べました。写真を撮ろうと思ったら、もう食べちゃった後でした。
ママ達も「皮が薄くてとても甘くて!びっくりした!」と、とても美味しくいただきました。
土付きの大和芋もママたち喜んでいました。
他の野菜もみんなで分けて持ち帰っていただきました。
みかんを見つけた途端に大はしゃぎで、嬉しそうなお子さんのお写真を送りますね。


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こどもたちの笑顔を見て大人たちもみんな笑顔になりました
ご支援くださった皆様に、心より感謝いたします。

実は先日、静岡県に行って保育士・保護者向けに講演をしてきました。
その中で、やはり震災当時のことを振り返りつつも、今現在の母親の気持ちについても話しをさせてもらいました。

一部ですが…ここに添付いたします。
良かったら、読んでみてください。

             たんぽぽサロン
               永野美代子

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7年半が経過した福島の状況
 当時、生まれた子どもたちは小学1年生。
 当時、2,3歳だった子ども達は小学4、5年生。
 当時、幼稚園生だった子ども達は、小学校6年生、中学1年生になります。
今の福島のことは、もう全国で報道されることは少なくなってきていると思います。
でも、いまだ避難中の親子がいます。
7年以上が過ぎた今も、大きな傷付きの中で、一生懸命子育てをしています
 
そして、避難したかしないかにかかわらず、震災当時、子育てするなかで
緊張と不安で泣いていた福島の母親たちは子どもたちを守ろうとするためにできることをそれぞれの立ち位置で考えて真剣にやってきました。
普段は気にしないようにして前向きに生きようとする親がたくさんいます。
 
数日前に、震災当時、たんぽぽサロンに遊びに来ていた2歳~5歳だったお子さんのお母さんに
「震災から7年半過ぎて、放射線の不安を含めて、福島は復興したと思いますか?
あの時のこどもたちが7年育ってきて、心配はありますか?」と
思い切って聞いてみました。少したってから戻ってきたメールにはこう書いてありました。

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🔷 放射線の問題は終わってなどいないです。
だって、震災前に決して戻れることはないんです。
(二年に一度の)甲状腺ガンの検査をする度に揺れて、検査結果の封筒を開くのがとても不安で辛いです。
この検査は必要だと思うけれど震災さえなければ味わわなくて済んだはずです。
もしも、何か異常がみつかった時に因果関係が認められるのかも心配です。
そして、7年前に一番のびのびと遊びたいときに、何もわからない子ども達に
あれもダメこれもダメと、たくさんの制限をしてしまったことが申し訳なくて
あのときの自分がしたことの影響を考えてしまうことがあります。
味わわなくてすんだはずの想いを子どもにさせてしまったことは消えないです。


🔷  福島県は決して復興はしていないと思います。
ただみんながそれにあえて触れようとしないだけであって、放射線に対する今後の不安が無いわけではありません
今のところ、子ども達には身体的、精神的な部分で目に見える大きな影響は出てはいませんが、
これから子ども達が成長していく中で、もしかしたら何らかの形で出てくるのではないかと考えると怖いです。
「福島県出身」というだけで、レッテルをはられて嫌な思いをさせられたり、
もしかしたら結婚する時に問題視され、差別?される可能性もないとは限らない…
特に娘に関しては出産して無事に健康な赤ちゃんが産めるのか?何か影響は無いのか?など…大げさかもしれないが、どうなるかは誰も分からない…と考えてしまいます。
震災があった事で何の罪もない子ども達の未来が、思いもよらない悪い方向に進まないことを願います!
 

🔷 復興したかどうかと、聞かれれば何を基準に判断するのか分かりかねます…
あの事故がなければとは、思いますが、
今の全国各地の異常な災害状況を考えれば、いつまでも被害者では、いられないとも思ってます。
私は、福島の子どもたちに対して、差別のない社会であってほしいと、皆さんにはお願いしたいです。

**********
 
皆さんにこの親の想いを伝えることも 私の大きな役割と考えてご紹介しました。
私が聞いたので、伝えてくれたこの思いは彼女たちが口にすることはまずありません
こどもたちの前ではそんな不安など全く見せずに朗らかに笑って
元気に日常を過ごしています。
お母さんだって泣きたいときはあるはずなのに、こどもを不安にさせないように振る舞う姿は 以前にもましてたくましいです。
そんな親もまた支えていきたいと思います。
(永野美代子)


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