福岡エルフの木〜被災地の妊産婦さんと子供達に野菜を届けるプロジェクト

《被災地の方々に九州(糸島)産の無農薬野菜と「伴走する心」を届けます。また被災地以外の方々に食物と命の問題への意識喚起を行っていきます》ボランティア団体「福岡エルフの木」は、糸島産無農薬野菜を福島に届けるプロジェクトを行ってます。妊婦や授乳中の女性、子供達、仮設住宅の方々に少しでも笑顔になっていただければ幸いです。 →*2016年4月、熊本に震度7の地震が2度発生しました。福島の支援先の方々の要望もあり、熊本震災支援にも注力させていただきます。ご理解のほどお願い申し上げます。

福島の辺見さんより、お見舞いをいただきました。ありがとうございました。辺見さんは助産師で、母子支援室まごころを運営され、震災後の妊産婦さんを支えてこられた方です。タンポポサロンさんに譲られるまでの3年間野菜送付支援を受け入れてくださいました。(旦那様は建築家の辺見美津男さんで、本年度「木の建築賞大賞」を受賞されたそうです。おめでとうございます!私も一度招いていただきましたが、米蔵を子育て支援と建築事務所としてリノベーションした素敵なな空間でした) 応援の優しい気持ちをいただくと、本当に力を得ます。
 現在、九州大学では九州豪雨災害調査・復旧復興支援団(49名)が、 方面から災害にアプローチしています。
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知足美加子 様

今晩は。西日本は猛暑とのことで本当に知足様はじめ九州北部災害被災者の皆様は大変な日々を暮らしておられることと思い心が痛みます。
また、知足様のご活躍、「災害流木を再利用する試み」本当に素晴らしい!と心から感激しまた、応援いたします。さすがですね。

 こちらはやっと仮設住宅が必要なくなり,弊社の近くの双葉町仮設住宅約110棟は解体され昭和町と三島町にその材料を使って住宅が建てられる段階(福島県のプロジェクト)となりました。
「応急仮設住宅撤去業務設計及び移住促進住宅モデルプラン作成業務委託」入札で弊社が取りました。 夫はここまでやることが目的だったのでと。
 
私は知足様のそちらでのご活躍を想像しながら、ここ福島にいます。
何もできない私は、微力ながら知足様の活力になればと「福島から特産の桃」を送らさせて頂きました。(中略)
そちらは台風5号の影響が出ているのではないでしょうか。自然は誰もコントロールできません。被害がでないことを祈るばかりです。猛暑の折、くれぐれもご自愛くださいませ。          辺見間智子

知足です。

 九州北部豪雨災害では、土石流と流木が多くの家屋を破壊しました。朝倉市杷木の杉岡さん(杉岡製材所)は「木は子供のようなものだ。生まれてこなければよかったと思わせたくない」と話されてました。また、杷木の友人も「人はあらゆる感情を昇華させ、創造的な何かへと変えていけるということを、その流木 を使って子どもたちに伝えられたらどんなに素敵だろうと思うのです」と話してくれました。
 災害流木は泥水につかり、石をかみ、傷だらけです。再利用するには、想像以上に手間がかかります。それでも、負のイメージとなった流木を、創造の力で「記憶を留める何か」に生まれ変わらせたい。そう願わずにはいられません。

 そのような、杉岡さんの思いをうけて、私は流木で彫刻を作る予定です。
杉岡さんは、ご自身の山の流木で、杉岡製材所に板倉構法の倉庫を作りたいと、おっしゃっていました(ちいさいおうちプロジェクト)。住民の方々のお気持ちに配慮しながら、災害流木を建築、デザイン、アートに活用し、地元の方々の収入源になるような小さなお仕事が生まれてほしいと願っています。

本日、杷木の流木集積所で、許可をうけた流木をレスキューする取り組みをしました。杉岡さんがダンプカー(丸太を掴むグラップル)とチェーンソーを用意してくださいました。私も小口をチェーンソーで切断する作業を手伝いました。この日の朝倉は35度。汗だくでした。

 
 朝倉県土整備事務所の方が現場にきてくださり、黒川地区の方がよい流木があるかもしれないとのことで、黒川に行くことになりました。
 途中に寺内ダムがあり、ダムが流木を堰き止めていました。


 黒川地区には「共生の里こども美術館」があります。黒川は実家の英彦山に所縁がある場所でもあり(黒川院があった)、災害直後からずっと気にかけていました。代表の柳和暢さんが現場にいらっしゃったので、お話をうかがいました。柳さんも、押し寄せた流木や岩を、アートに変えたいと言われていました。これから文化の力で立ち上がっていきましょう、と握手しました。


 朝倉市の避難所「サンライズ杷木」の日野博さんと面談しました。避難所の運営組織図をいただきました(名前を伏せてあります)。避難所利用者の自治組織がしっかりと機能していて、素晴らしいと思いました。地域の日頃のコミュニケーション力が、防災と復興の鍵だということがよくわかります。この杷木地区の避難所の在り方は、今後の避難所運営を指南してくれるものと思います。
 本日は、この避難所にキッチンカー(調理ができる車両)が、野菜料理や温かい汁物を作ってくれていました。感染症の心配から、炊き出しボランティアはストップしていましたが、その場で調理する場合は許可がおりるようです。

知足です。

 九州大学では三谷泰浩教授(工学部)が中心となって「九州北部豪雨災害調査・復旧支援団」がつくられました。研究者の各専門をもって、調査および復旧支援に貢献しようとするものです。土木や河川、農林、医療などの専門家47名がメンバー登録しています。私が所属する芸術工学研究院のメンバーは、主にデザイン(建築、アート)の分野で貢献します。私は、7月22日(土)に朝倉市を中心に調査を行いました。
 避難所の問題のひとつに、野菜不足(現在ほぼ3食がお弁当)があります。野菜送付を行ってきた「福岡エルフの木」が貢献できるのでは、と幾つかアイディアを朝倉市役所に提案しました(炊き出しやデリバリー)。朝倉市杷木地区では3週間断水が続いており、感染症のリスクが高まっていることから、すべての炊き出し企画をストップしているようです。朝倉市の野菜直売所(みなみの里)の方と、何か工夫してあたたかいものを届けたいと考えあわせているところです。
 今必要とされているのは、「道など土木関係、水などのインフラの復旧」および「泥出しと掃除の人手」です。断水やトイレの問題から、本当に必要とされる方々が被災地に向かってほしいと思います。

■朝倉市杷木星丸「松末小学校」・被害状況調査
 同行してくださった杷木の杉岡製材所代表の杉岡世邦氏のお話だと、この地域の地質は、花崗岩が深層崩壊して砂状になりがちということ。小学校向かいの山肌が崩壊しています。避難していた小学生たちが目の当たりにした状況を想像し、彼らの心理的ケアの必要性を強く感じました。杉岡さんが大事に育てていた森が、東峰村に向かう道の先にあるのですが、通行止めになっていました。


■朝倉市杷木林田「杷木小学校」・仮設住宅予定地調査
仮設住宅用のくい打ちが行われています。熊本震災の経験から、仮設は木造で造られることとなりました。末廣先生が地域の集会所「みんなの家」の予定地を計測されました。


■朝倉市三奈木「旧朝倉農業高校」、矢野竹「あまぎ水の文化村」・流木調査
 流木の集積所が県内22か所あり、朝倉市のものを調査。流木は、バイオマス化される予定。被害をもたらした流木をよいものに変えていくことが、デザインやアートの役目だと思い、流木の再利用を計画しています。私は流木を素材とした彫刻を作ることができたら、と考えています。

■朝倉市杷木池田「杷木中学校」、久喜宮「サンライズ杷木」・避難所調査
 食事スペースや子連れ家族用のゾーン分けが適切に行われています。備品の分別、洗濯ものも男女別になっており避難所ケアが行き届いています。
 サンライズ杷木では、被災者の方々とのミーティングの場を日野博さん(志波地区避難所運営委員会・情報広報班)が設けてくださいました。杷木は、地域の結束力が強く、被災者の方々は懸命に自助努力を続けていらっしゃいます。最も必要としていることは、住宅および果樹園への道が開通することだそうです。果樹の消毒をしたい、自宅冷蔵庫の腐敗をなんとかしたい、という声があがっていました。お盆までには自宅の片付けをしたいという要望が強かったです。 
 活発な方々がおられる一方で、静かな環境が必要な避難者が壁側に横たわっている状況もありました。医療の視点からのケアが、今後ますます大切になってきそうです。
 避難者からは、野菜不足を訴える声もありました。朝倉市役所に問い合わせたところ、現在炊き出しサービスを臨時的に止めているとのこと(断水が続いているため、感染症のリスクが高まっている)。
 個人的には、避難者自身による避難所内での煮炊き(それによって被災者が収入を得られるとよいのですが)、避難所以外での野菜料理の供給の仕組みなどが必要と考えています。

 板倉建築による熊本震災支援のプロジェクトを牽引してくださっている安藤邦廣先生が熊本と福岡(杷木)にいらっしゃいました。今回の災害の教訓は「山の在り方の再考」にありそうです。杉そのものに全ての責任を押し付けると、改めるべき本当の課題が見えなくなります。植物分類学の矢原徹一教授のお話を引用すると「スギ林は手入れさえすれば、スギの落枝が立体的なので、平面的な広葉樹の落ち葉にくらべて保水力があります。自然分布の点でも、スギは広葉樹よりも雨量の多い環境に適応した種です。スギの利点を冷静に見るべきでしょう」ということです。
 山のデザインに関しては、水と風の道作り、植生を活かしたゾーニング、自然石を利用した水路など、昔の修験道の考え方にヒントがある、と安藤先生はおっしゃってくださいました。
 これから杉山の手入れを強化しつつも、「山の保水力を超える豪雨の際に山崩れが起こる」ことを前提に、新しい防災認識と環境づくりが必要になりそうです。集中豪雨は今後、何処でおこるかわかりません。人の暮らしを守るためにも山を安全に設計する、また地形を立体的に分析し被害を最小限にする知恵を絞っていきたいです。方向性が定まったら皆さんにご報告します。

 九州北部豪雨福岡県添田町の彦山川沿いに、英彦山(ひこさん)に向かいました。
川沿いの落合地区にある 瓜生(うりゅう)こんにゃくは、こんにゃく芋のみを利用し、薪で炊く大釜で作られています。この店(工房)に直接行かないと買えません。昭和から変わらず200円。刺身こんにゃくの食感と味は、目からウロコの美味しさです。ここの大釜が被害を受けていないか心配でしたが、奇跡的に無事でした。「増水してもうだめかと思ったとき、川が二手に分かれてくれたので被害は最小限だった」と店主がお話してくださいました。本当によかったです。
 掃除をされている方々、片付けた流木を燃やしている方々などが見受けられました。みなさん大変お疲れ様です。

 英彦山内はいつもと変わらない日常を取り戻していました。南岳までは足を伸ばせませんでしたが、実家近くの霊場はみな無事でした。安堵しました。


[日田市大鶴地区]
友人の実家は、大分県日田市大鶴地区にあります。今回の豪雨被害の被害を受けています。被災した家の片付けをする際に、ボランティアの方々の存在は、本当にありがたいと言われていました。大鶴地区や東峰村など、いままでボランティアの方が入らなかったところにも、昨日からセンターが開設されています。地元の方々は本当に感謝されています。ありがとうございます。

大鶴地区友人談「お気遣いありがとうございます。今日くらいから大鶴地区も本格的な作業でボランティアの方々がいらっしゃいました。彼ら無しには進みませんね。
(中略)ウチの地域は、ちょうど流れの導線中に入ってたのが災いしてて、200〜300メートル離れると無傷状態と、明暗がハッキリ分かれてました」



[筑前町ファーマーズマーケットみなみの里]
福岡県朝倉市杷木の友人のお姉様は、朝倉の野菜の直売所・レストラン「みなみの里」に勤めていらっしゃいます。被災した直売所の野菜を引き受けて販売されているそうです。朝倉の農作物の経済的循環をとめないためにも、近くに行かれた方は野菜を購入して応援してあげてください。

杷木地区友人談「私の姉が、筑前町の直売所『みなみの里』で働いています。朝倉の直売所(三連水車の里)が水害で営業不可の状態なったことを受け、販売先がなくなり不安を深める農家へのサポートとして、みなみの里で朝倉の野菜などを販売するコーナーを設けることにしたそうです。→今朝の西日本新聞。普段はライバル関係にあるそれぞれの直売所。こんな展開もあるのですね」




知足です。
 九州北部豪雨で被災された方々(東峰村、朝倉、杷木、日田、添田町)に、心からのお見舞いを申し上げます。ニュースで取り上げる機会が少なくなると問題が解決されたような錯覚に陥りますが、これから、被災された方々がどう生きるか、という問題に寄り添っていく必要があると思います。

■暑さが厳しい中、クーラーのない避難所では熱中症が懸念されています。避難所の埃や足音騒音を避けるため、本学の杉本恵先生(防災が専門)は段ボールベッド導入を勧めておられました。→段ボールベッド
 子連れ家族、障碍者のクールダウン、着替え等のためにパーテーションが必要ですが、風通しを妨げる心配もあります。私は、早急に自宅近くの「みなし仮設(民間の賃貸住宅)」に入居することがよいのではないかと考えます。7月12日から、福岡県が 提供しています。朝倉市、添田町、東峰村で自宅が全壊や流失した世帯が対象で、入居できる期間は、借り上げた日から最長2年間。朝倉市役所や添田町、東峰村の両役場などで受け付けています。仲介手数料など経費の一部や家賃が無償となり、寝具など生活物資の提供も受けられるそうです。
 近くの賃貸住宅に入居できれば、自宅の片付けや、地域の方々との関係を継続できます。
みなし仮設について(産経新聞)

■福岡県朝倉市黒川「共生の里こども美術館」のブログによると、館内の作品は無事なようです。本当によかったです。
→共生の里こども美術館ブログ

■大分県日田市の国指定重要無形文化財「小鹿田(おんた)焼」の窯元も被災していることが朝日新聞で紹介されていました。川の流れを利用して土をたたく唐臼(からうす)や、陶土自体も流されてしまっているようです。唐臼の音が鳴り響く里の風景が甦ることを、強く祈らずにはいられません。
→小鹿田焼き被災記事

■英彦山(福岡県添田町)の山頂を、7/10に案内ボランティアの方が調べてくださいました。朝倉の次に、英彦山の雨量は多かったのですが、北岳登山道や中岳上宮も無事だったようです。
 しかし、南岳(参道向かって右の岳)の登山道が倒木でふさがれています。激甚災害指定に添田町が入らないと、この倒木処理が難しくなるかもしれません。
 中岳参道沿いの父宅(山伏坊舎跡)は停電や断水もありませんでした。実家の庭には、水量の割には、深く掘ってある溝があります。これが大水の時は、水をさばいて分散してくれる心強い水路になります。英彦山山内は、マチュピチュのように、石をうまく使って水はけがよいようデザインされています。江戸時代には山内に800余りの坊舎があったため、入念な水路計画がされたのだと思います。
 今後の調査で明らかになってくると思うのですが、山にも「風の道、水の道」を考えた植生のゾーニング、水路や道のレイアウトの必要性が問われるのではないでしょうか。

 知足です。2017年7月5日からの九州北部豪雨被害をうけて、支援先の福島の方々からメッセージをいただきました。こういう時、優しいお言葉やお気持ちは本当に嬉しい、ということがよくわかりました。
 郡山市の宗形さんから「福島へ送る野菜を、豪雨被災地にまわしてほしい」と、いち早く連絡をいただいたのですが、「熊本支援+福島支援の在り方をこのまま続けさせてください」とお願いしたところです。今後、豪雨被災地に必要なものがでてくれば、臨機応援に対応することを皆さんに了承していただきました。
 「今、福島にいて思うこと。それでも生きていくということ。そして大切なこと。人々の『優しさ』かなと思います」と書いてあり、胸に染みました。白河市の辺見さん、永野さんからもあたたかいメッセージをいただいています。本当にありがとうございました。

【郡山市宗形様】
 おはようございます。メールありがとうございました。被災された方々に心からお見舞い申し上げます。野菜をお送りくださるとのこと、ありがたく頂戴します。お送りいただく野菜は、「ルワンダの教育を考える会」事務局に行ってます。本当にありがとうございます。
 自然災害とどう向き合えばいいのでしょうか。女性や子供の問題、支援物資の問題、避難所の問題、ボランティアの問題。避難所の感染症の問題等々。その都度前回の教訓が活かされているのでしょうか・・・・・。
 今、福島にいて思うこと。それでも生きていくということ。そして大切なこと。人々の「優しさ」かなと思います。それを改めて気づくことだし、どう表現するかな?福岡からの野菜、知足さんのお気持ち。「優しさ」を受け取っている気がしてなりません。お返しが出来なくて申し訳なく思っております。  郡山市 宗形初枝

 【白河市辺見様】
 こんにちは。本当にこの度の北九州豪雨災害では未だに不明の方や取り残されている方々がおられ心が痛みます。5日にラジオから「英彦山の麓の・・・・・」と聞こえた時、知足さんの山だ!と思いました。テレビから流れる映像を見るだけで何もできない私です。近くにおられる知足様はなおさら色々なお気持ちが交錯なされていることと思います。被災地の方々は気温も30度以上と真夏日が続き本当に心身ともに大変な状況だと思います。今さながら、自然の猛威には人間は何もできない!ということをまざまざと見せつけられて辛いです。多分、知足様のことでしょうから、すぐに活動なされることと存じますが猛暑の折、どうかお身体くれぐれもご自愛くださいませ。             辺見間智子

【白河市永野様】
 こんばんは。永野です。毎日のテレビ報道を見ては九州の皆様を案じておりました。どうしていいかわからずにいましたので詳しい状況のご連絡をいただき有難かったです。どうぞ被害に合われた方の支援活動に私達にも何かできることがあれば今もテレビで大分の土砂崩れの映像がどうかどうか少しでも落ち着きますように。返信不要です。どうぞ皆様心労が続くと思いますが体調崩されませんように。福島からお祈りしております。     永野美代子

知足です。

今朝のNHKのあさイチという番組で豪雨被害が取り上げられてお 朝倉、杷木、添田町(英彦山麓)が紹介されました。→これらに日田を含めると、江戸時代までの英彦山神領(七里四 )なので、宮司が心痛めていました。番組の中で、添田町に人的被害がでなかった理由として以下の二点をあげていました。

1、異変の感度が高く、早く行動したこと。

2声かけを行い、避難をしたこと( 地域の結束)

もちろん杷木や朝倉の方々は、自然への感度も危機意識も高かったのですが、これまでの経験から筑後川に留意していたために、山側の土砂災害対応への遅れが出たのかもしれません。

英彦山山内は、昔の穴太衆(あのうしゅう)が組んだ石段や奉幣殿は無傷で、停電や断水からも免れています。縦横に巡らされた水路が水の流れを分散したようです。

添田町でヤマメの養殖をしている篠崎さんがインタビューに答えていました。ヤマメを救うために、二日間徹夜で水の濁りを除去する作業を続けていたにもかかわらず「自然がやったことは、仕方ないですよね」と答えていた姿が印象的でした。

添付の画像に、よくニュースにでてくる知名を赤で囲っています。孤立していた黒川は人の救助は終わったとのこと。ここの「共生の里こども美術館」は 小学校を改装した素敵な美術館でしたが、道路をつたって土石流が流れこみ、被害を受けていると聞いています。黒川や東峰村はアクセスができない状態なので 被害の全容がつかめていません。

救助やアクセス、インフラの復旧が急がれる中、朝倉インターは渋滞で大変なのだそうです。動くべき人が動けるような配慮が必要です。道路情報を杉本先生が教えてくださいました。→地図

杷木出身の友人の松本さん(糸島在住)が、ご家族の避難を受け入れる経緯を伝えてくださったので、一部転載します。

-----(杷木地区の避難について)

「ひとまず、各々の家にある食べ物をもって公民館に集合」と声を掛け合い、みなで集まったものの、水が出ない。。。(中略)その後、すぐに自衛隊の派遣は難しいとの情報を得て、自分たちで手を取り合って徒歩で志波小学校まで移動。けれど体育館にはクーラーがなく居心地よくなかったので、その後、サンライズに移動したと聞いています。とにかくすべて集落ごとに行動を起こしており、いわゆる「相互扶助」の精神が行き渡っていると感じます。普段から、道路愛護や区の清掃活動、神事、集いを経て、暮らしの中にその精神が根付いるからなのでしょう。(中略) 私の父も、実は、当初、避難することを拒んでいたそうです。でも、区長さんが回ってきて「あそこの家もここの家も避難しとり ます。」と聞き、ようやく重い腰を上げたと姉に聞きました。この近所や地域との関係性、個であることよりも集落としての集団 意思を重んじる田舎特有の傾向には、 もちろん一長一短がありますが、今後の大きな課題になっていくだろう復興・地域再生を考える時に 、無視はできないことです。

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また、松本さんは、地域の方々が集まった時に交わされる会話や笑いの力を指摘していました。それは、私も添田町の方々と話していて思うことです。松本さんの言葉には、避難や防災が日頃の生活の蓄積の上にあるものであり、多様な地域性を孕むものだと教えてくれます。マニュアルによる支援を行うと見落としてしまう重要な点かと思います。



知足です。

九州北部豪雨で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
私の実家の英彦山は、福岡県と大分県の県境にあり、周辺地域の東峰村、杷木、朝倉市等は甚大な被害を受けています。
現在、人命救助最優先で活動が展開されています。また孤立した地域、停電や断水が続く地域があり、インフラとアクセスの復旧が急がれています。

英彦山地域の麓に住む知人の話では、7月5日の夕方から豪雨が続き、停電で被害の情報が届きにくい状況下、避難をすべきか迷ったそうです。川の轟音と雷で寝付けないとのことでした。
7日に添田町役場でミーティングがあり
役場の方から災害関係の話を聞くことができました。5日から5時間しか寝る時間がなく、避難所で横になっても地鳴りで寝付けなかったそうです。
東峰村、朝倉などの被害は、今は私たちのレベルではどうにかできるものではない、と役場の方が言ってました。自衛隊の方々は人命救助、自治体はインフラとアクセス復旧に集中していました。
「落合」は、給水塔に運んできた水を入れ自転車操業で、断水を解除している状態です。英彦山内や参道は、大きな被害はないのですが、添田町から東峰村、杷木に向かう道は、本当に甚大な被害で、被害の全容がつかめてないとのこと。
道路が寸断され、アクセスが難しく、近寄れない状態。黒川の「共生の里」が孤立していると、宮司に連絡がきたそうです。道路情報は以下に貼っておきます。
http://www.douro.pref.fukuoka.lg.jp/
いまは、人命救助の妨げにならないようボランティア希望の方々は、各自治体のHPの指示に従ってください。
筑後川沿いの原鶴温泉は奇跡的に無事で
被災者に温泉を開放しているそうです。民間のボランティアセンターになっていくかもしれません。

朝倉の避難所は、不足している物資をメディアで公開しています。福岡市や北九州市が、被災者の市営住宅への受け入れ(家賃無料.半年)を始めました。
8日に、同僚の防災がご専門の杉本めぐみ先生が朝倉市の避難所で聞き取りをされました。
お一人ぐらしの高齢者の方々が多く、(停電などの状況下で)SNSやメールを使った大雨警報のあり方を見直す必要があると気づかれたそうです。高齢者に早くに避難をしてもらう 方法を改善していく必要を訴えられてました。「私が聞いた地域は上流が破堤したせいで、 下流の人や家が一気に流されたと言っている人が多かったです」とのことです。

今は人命救助を妨げないことが支援です。私も身近な地域が被災して思うのは
ボランティアはニーズが明確になるまで「待つ」こと、そして「寄り添い、聞くこと」が大切だということです。被災者と関係者は、心が状況に追いつかないので、できれば 罹災証明発行時などに、ニーズを(避難所での不都合なども)聞き出す、 もしくはカウンセリングを併設することが必要だと思いました。

板倉の家ちいさいおうちプロジェクト」の支援先である熊本の方々が、今回被災した杷木のプロジェクトメンバー宅にいち早く駆けつけてくださったそうです。ありがとうございます。

知足さま

こんばんは。福島県白河市たんぽぽサロンの永野です。先週、お野菜が無事に届きました。クール便での発送という心遣いのお蔭で 新鮮で生き生きとした野菜にみんなで大喜びしました。
毎回、お料理レシピが添えられてあり達の会話も弾みます。 今回は、「ズッキーニってどうやって食べたら美味しいだろう?」というおしゃべりがとても楽しかったです。からし菜も、みんなで少しずつちぎって味見して 「どんな食べ方がいいかなぁ…」 とあれこれアイディアが膨らみました。レタスは、とても大きかったので数枚をちぎって水洗いしてスティック状に切 ったきゅうりと一緒に皿に盛って お塩でみんなで一緒に食べました。なんだかとても贅沢なサラダでした。
皆さん、ご家庭で美味しく食べてくれました。ごぼうを持ち帰ったママからは
「とっても香りがよく美味しいです!サラダにしてみました」とメールが来ました。
子ども達の写真を送ります。こどもの笑顔に大人はいつも元気をもらっています。
熊本の皆様にもどうぞよろしくお伝えください。ありがとうございました。

知足です。
素敵なお写真ありがとうございます。
永野さんのメールは、いつもとても嬉しいです。ズッキーニ談義など、サロンののあたたかい雰囲気が伝わってきました(ピクサー映画の影響で、個人的にズッキーニはラタトゥイユにすることが多いです)。今年から、九州大学では「九州の防災」の授業が始まりました。 私もひと枠担当し、 熊本震災支援が福島の皆さんのおかげでできたこと、 福島の皆さんの言葉や活動を、九大の学生さんたちに伝えました。私にできることは、 未来ある次世代に、みなさんの知恵と経験を橋渡しすることです。
永野さんたちが寄せてくださる、さりげないメールが、学生さんたちの想像力を刺激してくれるのです。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
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