知足です。

 添田町が主催している「300年春を告げた吉木のヤマザクラ。添田町復興のシンボルに!」プロジェクト(→HP) について、おかげさまでクラウドファンディングが目標額を達成し(7/1締め)、実行できる運びとなりました。多額のご寄付、誠にありがとうございます。みなさまの応援メッセージを拝読し、制作者として身が引き締まる思いです。

 豪雨災害の影響で、吉木の山桜に続く道路補修がおわるまでまで、トラックが入れない状況が続いていました。
7/24に搬出ができたと、杉岡製材所からご連絡がありました。製材でき次第、モニュメント制作と銘板制作に取りかかります。
 現在、杉岡製材所で木材乾燥の準備中で、私の手元には、まだ山桜は届いていません。杉岡さん(木挽職人)とは乾燥方法や製材について活発に意見交換をしています。

 山桜は、薄い紅色と光沢が美しい高級材ですが、彫刻には硬く、しかも割れや歪みがでやすい木材です。写真が杉岡さんから送られてきた写真なのですが、災害の衝撃で「目割れ(年輪にそって割れる)」が材に入っているようです。右下の材の、彫刻が難しい赤みの部分を使うことになろうかと思います。お盆過ぎに製材し、九州大学大橋キャンパスの方に搬入する予定です。


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https://readyfor.jp/projects/soeda-sakura2018/announcements/82413


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 吉木の山桜の彫刻と並行して、朝倉の災害流木(樟)で英彦山にゆかりがある作品を作り始めています。(→プロジェクト説明ページ)
 吉木の山桜で制作する「花開(はなびらき)童子」は英彦山の49窟のひとつ「花園窟」の守り神です。不動明王矜恃「矜羯羅(こんがら)童子」をモデルにしています。英彦山の「彦山仁王教曼荼羅」に描かれている矜羯羅童子は、「花(蓮華)」を頭にのせているところから、山桜を連想できるものとして、この意匠を参考にしました。
 本来は対として「制咜迦(せいたか)童子」がいます。矜羯羅童子は「静」を、制咜迦童子は「動」を表すといわれています。英彦山の制咜迦童子は、木の棒をもって、木の年輪のような光背と台座とともにあります。今回のクラウドファンディングには含まれていませんが、対になる作品を、朝倉の災害流木を使って(→杷木小学校に寄贈した龍を彫った木材)個人的に作ろうと思いました。
 英彦山の49窟のうち、いくつか場所が特定できないものがあり、花園窟(小石原の花園滝付近)天上窟(英彦山山頂付近)などがそうです。天上窟は「福太郎童子」が守っているとされています。「動(制咜迦童子)」の表現として、福太郎童子をモデルとし、英彦山山頂の強い風や力強さを表現しようと考えました。吉木の山桜が、手元に届くまで、少しずつ彫っているところです。



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 九州大学災害復興支援団の活動の一環で、2017年豪雨被災地の東峰村に「災害伝承館」をつくろうという取り組みが始まりました。これもクラウドファンディングです。→HP

 活動内容について、団長の三谷泰浩先生の以下の通り説明されています

「九州大学では,九州北部豪雨災害に対して大学教員約50名からなる九州大学災害復興支援団を結成し,復興計画の策定や地域会議などを通じて復旧・復興の支援をしてきました。

 自然豊かで美しい東峰村に二度とこのような悲惨な被害をもたらしたくない,この経験を教訓として次の世代に伝えたいという地域の声をうけ,災害を風化させないための災害伝承館をつくることを考えています(150万円を目標)」

 みなさま、ご協力お願い申し上げます。

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私もHP内で東峰村応援メッセージを送りました。

「東峰村は英彦山(ひこさん)の麓にあり,英彦山修験道に関わりが深い行者杉や文化財が数多くある地域です。山伏にとって,生まれ直すための修行(出生灌頂)を行う重要な場所と位置づけられていました。自然を神仏として崇敬する修験の精神文化は,東峰村の中に今も色濃く受け継がれています。

 私の先祖は英彦山山伏で,参道沿いに実家があります。2017年豪雨災害によって,英彦山から東峰村に向かう道は長い間通行止めが続きました。解除された頃,改めて東峰村の棚田や窯元(小石原焼),森林が織り成す景観の美しさ,その大切さを実感したことを思い出します。美しい景観や歴史文化,防災意識を未来に手渡そうとされている東峰村の方々に,深い敬意と心からの応援の気持ちを送ります。


 私の専門は芸術(彫刻)で,中越地震(2004年)の被災地・山古志村の復興支援として作品を寄贈したことがあります。山古志村には「やまこし復興交流館おらたる→HP (2013年~)が設立され,被災地住民の暮らしの再建を支援しています。被災経験を継承しつつ国内外に向けて貴重な情報を発信し,人々の出会いと学びを生み出しています。東峰村に災害伝承館が設立されれば,復興支援を継続する拠点となり,自然と人々の営みの美しさを再認識する場になると思います」