2019.2西原村観音堂
 
 知足です。
 熊本震災支援として、2016年より「板倉の家ちいさいおうちプロジェクトー森と暮らしをつなぐ復興住宅」(→紹介ページ)を、安藤邦廣先生(筑波大名誉教授)を中心に行ってきました。翌年の2017年、九州北部豪雨災害において復興メンバーの一人である杉岡さん(杉岡製材所)が被災されました。その際、災害ボランティアとして一番に水をもって駆けつけたのは、熊本での支援先である藤本さん(藤本和想建築)たちだったといいます。
 熊本震災支援の共創の中でつちかわれたパートナーシップや連携力が、その後の九州北部豪雨災害および西日本豪雨災害支援(安藤先生設計の福島の板倉仮設住宅が、岡山の総社市に移設→日本板倉建築協会記事)につながりました。復興支援にかかわることが、その後の災害時対応力・レジリエンス(回復力)を強めることをつくづく感じます。

 とはいえ(九州北部豪雨災害復興のため)私としては熊本震災支援に注力できない状態が続いていましたが、昨日熊本に訪れ、地域主体の復興の動きを感じることができました。2016年に西原村に板倉構法の避難小屋「西原習合堂」を建設していましたが、その建物が地域の方々の意志で「観音堂」として再生したのです。藤本和想建築の若い方が(同じ地区公園への)移設を請け負ったそうです。安藤先生、木材を寄贈してくださった那賀川すぎ共販共同組合(徳島県)、杉岡さんらとお参りさせていただきました。馬頭観音が祀られ、大切にされていました。宮城県から大工さん(脇さん)が運ばれた雄勝石(硯用の石)もそのまま装飾に活かされていました。
 お堂の中で手を合わせると、杉の香りに包まれ、なんともいえない安堵感がありました。地域の方々をつなぐ精神的拠点になったことを、メンバー全員とてもうれしく思いました。



IMG_4622



 筑波大学での安藤先生の教え子宮野桂輔さん(建築家、NPO熊本まちなみトラスト理事)が、被災した古民家復旧を板倉構法で行っているところを視察しました(→新町小町紹介記事)。土壁が地震によって剥がれ落ちたとのこと。柱などの構造を活かしつつ、壁を板倉に代えていくプロセスの説明を受けました。住宅に対する医療的な手術にみえました。マスコミの報道だけが世の中ではなく、災害復興は少しずつ生きる営みのペースで進み、すべてが現在進行形であることを痛感しました。
 この新町小町の街並みには、自然食レストランpurely(→公式HP)があります。センスがよく、お食事しましたが本当においしかったです。このお店も板倉構法を使って、店内を整備されていました。



IMG_4613



 熊本市東区に、板倉構法の復興住宅が建てられたとのこと(藤本和想建築)。とても嬉しく思い、見学会に参加させていただきました。湧水の川沿いのロケーションを背景に、木材に包まれた家のたたずまいは、本当に素晴らしかったです。玄関をくぐった瞬間、心地よい光と香りに包まれ、家全体からあたたかく迎えられたような感じがしました。この家で毎日すごされるご家族は、きっと末永く安らかな幸せに包まれるだろうと想像しました。
 笑顔が素敵な施主の小鹿さんご夫妻から、被災時のお話などをうかがいました。奥様はシックハウス症候群(建材等から発生する化学物質による健康問題)の傾向があるそうですが、板倉の家は大丈夫とのこと。また地震への耐性の強さを鑑みて、板倉構法による建て替えを決心されたとのこと。床と天井は、熊本の木材を使われており、木材の地産地消という考え方も素敵だなと思いました。


IMG_4610


IMG_4602


IMG_4608