知足です。6/19、復興支援団体小冊子づくり(→説明ページ)のため、英彦山地域デザインLLPと、東峰テレビに聞き取り調査を行いました。また、黒川復興ガーデンプロジェクトに関連して、九州大学の学生たちと社会人有志で英彦山の国指定史跡「雪舟庭園」を見学しました。

IMG_5646
【英彦山地域デザインLLP】 英彦山地域デザインLLP(HP) の加藤憲司さん(建築家)、川畑裕己さん(Webデザイナー)にお話を伺いました。メンバーは落合小学校の保護者仲間だそうです。各自の職能を活かしながら地域おこしをされており、豪雨災害後(添田町も激甚指定地区)は復興と連動されています。

 動機は「将来、子供たちが地域にかえってくるように。彼らが地域で生きるための産業を起こしたかった」ということです。子供たちの未来を考えて活動を始められたことを知り、だからこそ社会的意義が深い、愛ある活動がぶれずに行えるのだと納得しました。流木被害をうけて、木を有効活用する(暮らしの木質化)が山を守ると考え、「木もく祭りin英彦山(HP) 等を開催されています。

mokumoku
 三大修験山のひとつである英彦山には豊かな自然や歴史があります。「英彦山を好きになってもらいたい。コミュニケーションをデザインしたい」という言葉が印象的でした。分散しがちな地域の活動団体の力を、これからも英彦山ネット(→HP)等でまとめ、交流する「場」をつくっていきたいとのことでした。

 また「LLP前向きで、集まっていると楽しい。やらされている仕事にならないよう、具体的目標を作らない。すすんで活動する姿を(子供たちに)みせていきたい」という明るいエネルギーが素敵だと思いました。今後、英彦山こてんぐ塾(→HP)と協働で8月に「沢登り体験イベント」。12/8の「ふくおか水もり自慢」(→HP)に関わっていかれるとのことです。


---------------

DSC06788
【東峰テレビ】岸本晃さんは元テレビ制作部で記者、編集、ディレクションなど幅広く手掛け、活躍されていた方です。23年前に独立し、2010年に東峰村のケーブル放送メディア「東峰テレビ(HP)を創設されました。

 地域住民にディレクター等をやってもらい、一人一人が制作し視聴するという地方創生テレビです。創造し視聴するという双方向のコミュニケーションが、地域の意識を進化させ行動に反映されるという情報の循環を生み出しています。番組づくり(創り手になること)が重要な想像力を培う、まさにソーシャルデザインの実践だと感銘をうけました。岸本さんは豪雨災害直後から孤立した東峰村の「今」を発信しつつ、住民を励ましました。

「取材しエディットすることは現実の相似形を作ること。他者の現実を知ることで、ものの見方が多角的になり世界の中での自分の位置を客観的に知ることに役立つ」というお話が印象的でした。私は「すべての人間は社会を彫刻するアーティスト(自分で考え、決定し、行動する人間)にならねばならない」という現代美術家ヨーゼフ・ボイスに通じる実践だと感じました。また、九州大学ソーシャルアートラボ(→HP)の目指すところの「社会包摂」について、深い示唆を与えいただきました

IMG_5671


---------------------
【英彦山雪舟庭園】黒川復興ガーデン(→説明ページ)の9月の作庭、植樹計画に向けて、学生たちと「禅と庭」について勉強をしています。その一環として、英彦山の雪舟庭園(→石庭解説 699㎡)は、禅僧の雪舟によって文明9-14(1475-1481)に作庭されました。雪舟が明から帰国した1469年は応仁の乱の最中だったので、彼は九州を中心に避難したそうです。そのうちの数年間を英彦山の亀石坊で過ごし、築いたといわれる庭園です(→諸説あり)。昭和3(1928)に国指定名勝となりました。雪舟の弟子に「彦山家円坊等琳」という山伏がいたそうで、雪舟と英彦山との関係がうかがえます。 池泉(ちせん)観賞式庭園といい、「心」の草書体をかたどった心字池があります。 龍門瀑(りゅうもんばく)という、鯉が滝を登ると龍になるという故事、登竜門に因んだ「鯉魚石(りぎょせき)」が置かれています。大雨の後、添田町がこの滝の石組に水が流れないように工事をしてしまったのが、大変惜しまれます。亀石と鶴石が、池の中で向き合うように配置されています。奥には築山の上部や背後の遠景とされる「遠山石(えんざんせき)」という立石が据えられています。昨年10月に講演にお招きした禅僧の枡野俊明先生(→報告ページ)(→講演録)がこの遠山石をみられて「石の下に平石を複数重ね、角度を調整した跡がうかがえます(手前の土が剥落しているので観察できる)。この角度でなければいけない、と作為を加えた痕跡です」と解説してくださいました。
 雪舟庭園の近くには、私が研究している宝篋印塔(→研究論文)と実家があります。この付近で昔は入山許可を出していた、と聞いたことがあります。

IMG_5665

IMG_5652