福岡エルフの木〜被災地の妊産婦さんと子供達に野菜を届けるプロジェクト

《被災地の方々に九州産の無農薬野菜と「伴走する心」を届けます。また被災地以外の方々に食物と命の問題への意識喚起を行っていきます》ボランティア団体「福岡エルフの木」は、九州産無農薬野菜を福島に届けるプロジェクトを行ってます。妊婦や授乳中の女性、子供達、仮設住宅の方々に少しでも笑顔になっていただければ幸いです。 →*2016年4月に熊本地震、2017年7月に九州北部豪雨災害が起こりました。福島の支援先の方々の要望もあり、熊本震災や九州北部豪雨災害復興支援にも注力させていただきます。ご理解のほどお願い申し上げます。

カテゴリ: 九州北部


 知足です。
 前回のブログで紹介していた「被災銘木(鬼杉落枝と千本杉倒木)による英彦山下宮御神躰・不動明王制作プロジェクト→説明ページ)」について、2020年12月10日に鬼杉落枝の製材を行いました。そして、12日には、英彦山の上部(結界・実報荘厳土)にある千本杉倒木について、山中で製材を行い、担いでおろしました。どちらも杉岡製材所の皆様(杉岡さん、野上さん、栗木さん、後藤さん)、池上さん(大工池上算規)が、素晴らしい技術を結集して協力してくださいました。

[予備調査]
◾️10月24日 「九州の杉はどこから来たのか」をテーマに、英彦山の杉の調査を行うことになりました。森林環境学がご専門の九州大学農学研究院の渡辺敦史先生が、杉のゲノム解析を行い、杉種や由来等の特定をしてくださいます。私は、グリーンインフラ・アートとしての森づくり(文化と防災・減災を両立する植生デザイン)​を研究テーマとして、渡辺先生に協力をお願いしたところ、時を同じくして渡辺先生も英彦山調査を計画されていたのでした(豪雨災害で延期されていた)。ご縁を感じました。本学の博士後期課程に所属する杉岡さん(杉岡製材所)も調査に同行されました。
 英彦山には山伏と縁の深い、英彦山神宮の泉蔵坊杉(樹齢800年。災害により倒木したが、挿し木で子孫が存続)、鬼杉(樹齢1200-1300年)等の巨木があります。平安時代から生きている鬼杉は、もとは高さ60m、幹周12.4mの巨大な杉です (現在は高さ38m) 。英彦山神宮と林野庁の許可のもと、泉蔵坊杉、鬼杉、周辺の杉の調査を行いました。現在、予備実験として、鬼杉の実生苗を、私の実家の英彦山内の坊で育成しています。また、このとき、英彦山神宮より英彦山下宮の御神躰としての不動明王づくりを正式に依頼されました。こうして、鬼杉の落枝(台風による)と英彦山千本杉倒木で不動明王を作ることになったのです。
*不動明王制作についての経緯は、以下のページに詳しく書いています。
http://www.design.kyushu-u.ac.jp/~tomotari/Fudou.Mt.hikoWood.html
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鬼杉と鬼杉根元の実生苗です。
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実家の裏庭(元の鬼石坊。知足院跡はこれより山奥)
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英彦山内の坊(育成環境が似ている)で実生苗を育成。
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台風で倒木する前の泉蔵坊杉(神宮内の写真)
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不動明王下絵。英彦山大南神社の不動明王(県重要文化財。現在は修験道会館に展示)を参考にしています

■ 12月10日 鬼杉落枝の製材
 
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鬼杉の落枝。枝とは思えないほどの迫力です。
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不定形なので、数枚のベニヤに固定し、土台ごと切断します。
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大学の工作工房に運び込みました。心を込めて制作したいと思います。

■ 12月12日、英彦山千本杉倒木の山中での製材
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英彦山奉幣殿です。
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奉幣殿より少しあがったところに下宮があります。
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英彦山十二所権現が集まる神聖な場所です。高千穂有昭さんが毎日護摩供をされています。今回の不動明王はここに奉納される予定です。
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奉幣殿より上部は、昔の山伏たちの修行の場で、荘厳な雰囲気に包まれています。
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火炎光背(迦楼羅炎)のため、杉の倒木を山中製材します。
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まず玉切りし、木の様子をみます。
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傷んだ部分を削ぎます。
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ヨキ(斧)やナタで、墨付け(製材のラインを引く)の面を出します。
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割れや木目をみながら、どのように製材するか、杉岡さんが指示を出します。
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墨壺による墨付け。池上さんの大工の腕が光ります。
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チェーンソーで縦引きします。綺麗に並行に、野上さんのノコがはいっていきます。後藤さんと栗木さんもよく動かれていました。
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切った木目をみた製材所の方々と大工さんが口をそろえて「こんな木目みたことない!すごい!」を連発されていました。木目だけをみて、その木の歴史を即座に感じ取れるみなさんもすごいと思いました。
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倒木が山中で美しく、必要な寸法通りに製材されました。
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標高1000m付近から、木材を担いで降ります。チェーンソーなどの道具もあり、ずっしりと肩に食い込む重さです。また長さが130cmある板なので、担いだまま鎖場を降りるのは一苦労です。
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 杉岡製材所のみなさん、池上さん、本当にお疲れ様でした。みなさんのご苦労を真摯に受け止め、不動明王制作を成功させるべく、精進します。心より感謝申し上げます。





























[旧大内邸の母の膳]
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知足美加子「母の膳」2020年

 知足です。11月23日に、彫刻「母の膳」を、八女市にある旧大内邸におさめにいきました。田中真木さん(84歳)をはじめ「あしたの会」という草の根の国際交流を行う団体の方々から依頼された彫刻でした。八女市は、九州大学ソーシャルアートラボでも支援を行なっているところです。
(→彫刻紹介ページより) 福岡県八女市に「白城の里、旧大内邸(→HP)」という古民家(1884年~、立花町有形文化財)があります。海外との交流に尽力した大内暢三の生家で、生涯学習・文化交流・地域振興の施設として活用されています。「白城の里 旧大内邸生活文化研究会」会長の田中真木さん(→紹介記事)は、メンバーとともに、大内邸を訪れるの方々のために「母の膳」と名付けた季節の料理をふるまっていたそうです。ここには、約90年間引き継がれた糠床もあります。私は、田中里佳さん(デザイナー)のご紹介で、旧大内邸の敷居を跨ぎました。(中略)たくさんの方々を料理(母の膳)で幸せにし、あたたかい思いが行き交う場を作ってこられた田中さん。その日々の行いや思い、時間の厚みが、彼女の後ろの空間にひろがっているようでした(中略)。私は「田中さんそのものではなく、母の膳に携わってこられた割烹着のみなさんのイメージを総じてつくりますから」と説得し、田中さん(をモデルに制作すること)の了承を得ることになりました。制作中も、田中さんは立花町特産のキウイや佃煮など、美味しいものをたくさん届けてくださいました。その優しさに、元気をいただきながら鑿を振るいました。彫りながら、割烹着をきた優しい姿(親戚や亡母など)が、私の心を通り過ぎていきました。 料理は、食するとなくなってしまうようにみえます。でも心の奥底に、あたたかい滋養を与え、本当に辛い時支えてくれる記憶になります。コロナ禍でしんどい思いをかかえる方々に、この彫刻を通して、あたたかく優しい気持ちを少しでも届けられたら幸いです。
 彫刻を車に積み普段着でおさめにいったのですが、到着すると、立派な会場に素晴らしい手料理が所狭しと並べられていて、本当に度肝を抜かれました。真木さんと長いお付き合いがあるとのことで、八女市長や八女市職員の方も参加されてました。(→詳しくは旧大内邸のHPをご覧ください)
 私は、実際に真木さんの手料理(母の膳)をいただくことができて感無量でした。彼女は一流の料理人であり、天才だと思いました。料理を口にすると、まず素材本来の旨味に気づかされ、その後何段階かにわけて様々な味わいが広がり、調和していきます。素材の持ち味を活かし切ったお料理をいただいた後は、不思議に心身が温かく平安になります。真木さんは、何日もかけてこの日のために準備してくださったのだそうです。
 真木さんは、こう話されていました。「私はレシピをみながら作ることをしません。(レシピを)残したこともない。二度と同じものは作れません。周囲の農家の方からいただいたお野菜を眺めて、それから料理を考えます。若い部位と年取った部位では、作らなければならないものが変わったりするんですよ」素材に敬意を払い、その声を聞いて、料理を創造されているのです。(私は、漫画「トリコ」に出てくる美食人間国宝・節乃さんが頭に浮かんでいました)。真木さんの野菜料理の全てが、美しい妙薬のように心身を癒していきました。あの感動は、忘れられません。本当にありがとうございました。
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田中真木さん
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[被災銘木(鬼杉落枝・千本杉倒木)による英彦山下宮御神躰・不動明王制作プロジェクト](→説明ページ)


 英彦山神宮からの依頼で、英彦山下宮の不動明王像(御前立ち)を制作させていただくことになりました。大変ありがたく、また身の引き締まる思いです。

 英彦山には樹齢1200-1300年といわれる「鬼杉(天然記念物)」があります。英彦山修験道の歩みを見守ってきた歴史の生き証人です。その落枝(台風による)を添田町が保管していたことを思い出し、不動明王像制作の素材としての提供をお願いしたところ、快諾していただきました。飛び上がるほど嬉しかったです。枝は幹よりも硬く、また傷みも多いようですが、木端ひとつも無駄にしない気持ちで取り組みたいと思います。

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鬼杉
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添田町保管の鬼杉落枝

 鬼杉から少しあがったところに、大南神社という懸造(かけづくり)の霊場があります。英彦山修験道の文化財の多くは、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく:明治期の仏教排斥運動)の際に破壊されていますが、この大南神社の御神躰だった不動明王坐像は幸いにも残りました(現在は修験道会館で展示),
 鎌倉期の県指定文化財で、神像と仏像の特徴を兼ね備えた、神仏習合の修験道文化を表す美しい彫刻です。私はこの像の威厳ある強さと、スッキリと洗練された造形美に心惹かれていました。そこで、今回はこの大南神社の不動明王坐像を参考に制作することにしました。

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大南神社
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不動明王坐像(鎌倉期)
 高千穂秀敏宮司の御子息である禰宜(ねぎ)の有昭さんの希望もあり、生命力にあふれた力強い姿にしようと考えています。不動明王は、修験者を守る存在で、奴隷の格好をした童子の像容です。右目を太陽のように見開き、左目は月のように閉じ、牙歯も右は上、左は下を向いています。
 右手に倶利伽羅剣(くりからけん)という龍が巻きつく剣をもっていますが、これは争いの剣ではなく、理の力を持って煩悩を断ち切らせるためのものです。右手の羂索(けんじゃく)は衆生救済の象徴です。
 迦楼羅炎(かるらえん)という火炎光背​は、迦楼羅という竜を常食する火の鳥が羽を広げている姿です。光背の上部に迦楼羅の顔を配しています。
 最初の下絵は忿怒(ふんぬ)の相が強すぎたので、童子の相貌に修正しました。すると、禰宜の有昭さんに風貌が似たような気がしました。(今話題となっている鬼滅の刃の煉獄杏寿郎に似てるという話も)

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英彦山神宮の杉材と高千穂有昭さん
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(追記)
 12/3 。添田町役場が保管している鬼杉の落枝を視察にいきました。
 近くでみる鬼杉は、言葉にできないような、とてつもない「凄み」がありました。平安時代から生きている鬼杉は、もとは高さ60m、幹周12.4mの巨大な杉です (現在は高さ38m)。枝といっても幅80センチ近くあります。平成3年台風で折れた枝を職人の方と添田町役場の職員たちで山道を降ろしたのだそうです。
寒冷な気候に耐えながら少しずつ育った枝は硬く、うねりながら伸びています。キズや割れに、この枝が越えてきた風雪と年月を感じました。そのありようと迫力は、何も彫らなくても不動明王そのもので、とにかくすごかったです。来週、この鬼杉の落枝の木取りですが、いまから身震いするような気持ちです。最大限の敬意と真心をもって彫りたいと思います。

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 また、とてもありがたいことに、火炎光背の素材について(英彦山神宮の許可のもと)英彦山千本杉の倒木を使わせていただけることになりました。千本杉は、結界の実報荘厳土に、江戸時代の英彦山山伏が植林したといわれる貴重な杉です。平成3年の台風で、参道沿いの千本杉は全滅に近い状態になりました。
 2016年には、英彦山奉幣殿再建400年を記念し、私の方で、千本杉倒木によって鎌倉期の不動明王立像を復原しています(→説明ページ)。その際は神宮の方々が重い材を担いで降りてくださいました。

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不動明王立像(鎌倉期.)と、復原した不動明王(上)


これから制作する不動明王立像の火炎光背のために、今度は私やプロジェクトに協力してくださる杉岡製材所の従業員の方々、大工池上算規の池上さん親子に協力をあおぎ、千本杉倒木を担いで降りる予定です。
*剣のツカとツバ、羂索の鋳造・鍛金は石上洋明さん(福岡教育大)にお願いする予定です。←英彦山御正体(現在の奉幣殿御神体)の復原の際、鋳造・鍛金をお願いした方。

本活動の名称を「被災銘木(鬼杉落枝・千本杉倒木)による英彦山下宮御神躰・不動明王制作プロジェクト」としました。
 



























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(視聴者の方より提供)
 知足です。九州大学ソーシャルアートラボ、復興支援チームによる、「黒川庭園と喫茶アート養生会」のライブ配信を11/14に行いました。この配信は、九州北部豪雨災害の復興支援として行ったアート活動と交流の様子を地域内外の方々と鑑賞し、感じる心を分かちあうものです。
(コメント付きの当日の映像は以下のリンクになります。最初の30秒は飛ばしてください)プログラムは、5つです。●日本茶インストラクターによる実演指導。●黒川庭園と東屋・泰庵作り。●短詩五七五、連句の輪。●音と身体のワークショップー朝倉の子供たちとー。●デジタル枯山水とアートパフォーマンスともいきとなっております。

■ソーシャルアートラボは、アートを通して九州北部豪雨災害の復興支援をおこなってまいりました。特に、被災地の福岡県朝倉市が昔の英彦山修験道文化圏だったことあり、芸術文化によって心の復興をめざすこととなりました。
黒川地区の廃校利用の美術館「共星の里」にも大量の土砂と岩、流木が流れ込み、樹々は次第に弱っていきました。そこで、修験道や禅の文化を参考に、地域内外の方々と協力し、岩や流木を再活用し、植樹しながら、美しい庭をつくるプロジェクトを行いました。

 本日、「喫茶」という言葉をかんむりにかかげているのは、修験道とお茶が文化的に結びついていること。またお茶とアートが、ともに命を養うものであるからです。
1191年に、臨済宗の僧・栄西禅師が中国から茶樹を持ち帰り、山伏たちの手によって北部九州の修験道寺院にいち早く伝播しました。栄西がかいた『喫茶養生記』には「茶はまた養生の仙薬なり」とあり、薬に近いものととらえられていました。山岳信仰では、お茶は、山の英気を授けるものとして祈祷の際配られていました。英彦山には、雪舟が滞在中に制作した、国指定史跡の石庭「雪舟庭園」もあり、ここで茶をたしなんだといわれています。
 修行において、聖霊、さまよえる霊魂も、茶の味わいで満足する、成仏すると考えられていました。茶もアートも、人と万物の聖霊をつなぐものととらえることができます。  

1.日本茶インストラクターによる美味しいお茶の実演指導講師/山科康也(山科茶舗代表 日本茶インストラクター) *用意するもの《茶葉、きゅうす、お湯、小さじ、 湯呑みを2つ。100ccぐらいの物が最適 》山科茶舗→HP
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山科茶舗を営む山科さんに、美味しいお茶の淹れ方を習いました。山科さんのお茶は、まず包み込むような香りにひきこまれます。それから口に含むと甘みと旨味で驚き、スーッとしみこむように広がり、気が付くと落ち着きを取り戻しているという、すごい力がありました。


2.共星の里の黒川庭園と東家(泰庵)づくり  https://youtu.be/VEzFDWuuWtI  (動画)

コメンテーター/清水邦義(九州大学准教授)、岩間杏美(油山自然の森)、尾藤 悦子(共星の里 ゼネラルマネージャー)、杉岡 世邦(杉岡製材所)

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豪雨災害の岩や流木を要素とした「庭」を共創し、再生を進めた様子を紹介します。豪雨災害からの再生のための「庭」作りとして、今年3月に被災木を再活用して黒川共星の里に「東屋・泰庵」を制作(→制作報告ページ)。その様子を映像で紹介しました。その後、オンラインミーティングで以下の4人の方々にお話をうかがいました。

  • 清水 邦義先生:九州大学農学部准教授。森林生物資源の自然の香り成分の心身に及ぼす影響や、自然素材を原料としたアロマ・住環境等の基礎から社会実装までの研究を展開されています。杉などの木材の家が疫病の感染率を下げたり、疾病を治癒する可能性について科学的に研究されており、大変興味深かったです。
  • 岩間杏美さん:油山市民の森職員として自然観察の機会を市民に与えています。とくに、きのこや粘菌などの菌類に詳しく、別名「きのこちゃん」として親しまれています。コロナ禍で一般参加者は募ることができませんでしたが、黒川共星の里を散策され、目に見えない、土の中のいのちの循環について、優しく、楽しく教えてくださいました。
  • 杉岡世邦さん:家業「杉岡製材所」三代目として、主に、住宅・社寺・文化財等の木材をあつかい、板倉など、木造建築の魅力を発信されています。被災木による東屋をつくりたい、というイメージは最初から私の中にありました。この大仕事を杉岡さんに依頼したところ、九州大工会の池上さんとともに、素晴らしい東屋・泰庵を作り上げてくださいました。コロナ禍によって、一般参加者を募集できない中、堂園さん、押川さんといった大工さん、農学部の佐藤先生、共星の里、ソーシャルアートラボ関係者が一体となって奇跡的に東屋を建てることができました。杉岡さんが、災害後の苦しみから、創造活動を通じて、前を向き歩き出すプロセスを話してくださり、勇気をいただき感動的でした。
  • 尾藤悦子さん:2000 年から母校でもある山里の廃校利用の美術館「共星の里」の立ちあげ、企画・運営を行っておられます。創作服「Kien」を立ち上げ、ファッションデザイナーとしても活躍しておられます。お料理の腕も一品で、多くの来訪者たちが尾藤さんのお料理に癒されています。20年間、たゆむことなく歩まれてきた足跡そのものが、アートの可能性を開いてきました。その重みとやさしさあふれる素敵なトークでした。
  • 柳和暢さん:美術家。共星の里のアートディレクター。共星の里のクリエイティビティを牽引されてきたすごい方です。現在怪我のため入院されておられますが、急遽zoomに参加してくださいました。柳さん、お話を拝聴できて嬉しかったです。

3.短詩五七五、連句の円環  

 http://www.design.kyushu-u.ac.jp/~tomotari/circleofpoetry.html (連句の輪紹介ページ)

コーディネーター/知足 美加子、白水裕樹 AIサポート/田中 圭太郎(九州大学修士2年)

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 コロナ禍の様々な分断があるなか、被災地の方々と、創造する心をつなぎあうために、私の方で企画したアート活動です。被災地の「自然」や「記憶」をテーマに、季語にこだわらず、短詩五七五の下の句を、次の方の上の句に繋ぎながら創造のリレーを行いました。前の方が詩にこめた思いを受け止め、今の自分の心を表現し、そしてそれを次の方にたくす。心と心がつながる文化の営みを垣間見たような気がしました。詠み手は、復興支援活動を紹介した「かたり(→冊子PDF)」の被災地の取材先の方々が中心となっています。様々な「心」の円環について、復興支援チームの心強いスタッフである白水さんが心をこめて読みあげてくださいました。

 修士2年の田中君が、AIによる短詩五七五の作成アプリケーションを開発し、この企画を支えてくれました。養生会でも実演し、拍手がおこっていました。災害の土砂流入に耐え、生き残った共生の里のいちょうの木をイメージして詠んでいます。

*田中君のAIによる短詩づくりサポートアプリは以下のページで体験できます(→インタラクティブ五七五)。田中君のAIの修士研究でもあり、よろしければ以下に感想をお願いします(→アンケート)


4.音と身体のワークショップ ー朝倉の子ども達とー https://youtu.be/qAtCScp5RCY (動画)

開催場所/普門院(国指定重要文化財)

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朝倉市にある「普門院」は、創建747年と伝えられる福岡県最古の木造建築物です。被災地の小学生:あさ・くる子供自然スコーレのみなさんが、参加してくれました。この日のために、普門院・地域の方々が清掃活動を行ってくださりありがたかったです。


  九州大学修士2年の山口君が制作した、コロナをモンスターにみたてたアニメーション《突然失礼致します!コロナ世代、映画で闘う。》を子供たちと鑑賞しました。見えない恐怖を、形にすることで理解するきっかけとなります。クリエイティブパワーで、コロナ怪獣は倒され、生まれ変わります。  

   九州大学4年の嘉松君のジェネラティブ・アートです。自分が生まれた誕生日をたねとして、プログラムによって育つ、世界にひとつだけの数学的なアートです。子供たちひとり一人に、作品を印刷したものをプレゼントし、とても喜ばれました。  

九州大学4年生の森君による、AR(拡張現実)とジャグリングを組み合わせたパフォーマンスARのプログラムも、パフォーマンスも森君がおこなっています。電子ゴマが宙を舞い、エフェクトが広がるたび、子供たちは喜び、大きな歓声があがっていました。  

バレエ講師の永松美和さんによる「身体表現」ワークショップです。自然の中にある動き身体をつかって表現することで、子供たちが自分の存在を深く感じ、確かなものにします。松本亜樹さんによる絵本「木」の読み聞かせもありました。その内容をもとに、枝をもって木になりきってみた子供たちは、木の気持ちを想像し、やさしくよりそっていました。  

   最後に、九州大学助教で、作曲家のゼミソン・ダリル先生の「音狩り」というワークショップです。風、水、虫、鳥、木、石の音に耳を澄まし、創造的に再現します。静かに耳をすますと、自然の中に豊かに音があふれていることに、まず驚きます。そして、子供たちは、落ち葉の音、アリが歩く音を観察し、自分なりに再現していきました。水は、木や体の中に流れていると表現する子供たちもいて、その澄みきった感性の豊かさに感服しました。

*普門院での活動について、SALの学術研究員の村谷さんが、アーティストトークを優しく丁寧にまとめてくださいました。学生も教員も自分の制作活動に対する、子ども達のあたたかくポジティブな反応は、大きな励みとなりました。


5. 黒川共星の里でおこなわれた無観客公演、デジタル枯山水「調身・調息・調心」とアートパフォーマンス「共生(ともいき)」の映像紹介とアーティストトーク

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●九州大学修士2年、密岡君の「デジタル枯山水」は、水の流れの中で、ひとが身体と息と心を整え、静かにたたずむと周囲に水文がひろがります。水の流れのなかで、ひとが出会い、去っていき、痕跡が後を追う様が美しく表現されていました。
  デジタル枯山水「調身・調息・調心」https://youtu.be/gtRrJG4LzlI


●アートパフォーマンス「ともいき」は、九州大学4年、口羽君の作品です。同級生たちが協力し、演者は山中さん、美術は逆瀬川君、音楽は國弘君が担当しました。豪雨災害前の日常、災害の苦しみ、そこからの再生の物語が表現されています。黒川庭園の岩やイチョウ、演者、光が響きあい、黒川のこれまでとこれからを表現しました。黒川地区の誇りだった「ホタル」が豪雨災害で失われてしまいました。その「蛍」がとぶ風景を、プロジェクションマッピングで校舎に再現しました。パフォーマンス中に植えたユーカリ(花言葉、再生)は、そのまま共星の里で生き続けています。

  アートパフォーマンス「共生(ともいき)」https://youtu.be/Z6Pz2PuFAwA →(フル20分) https://youtu.be/KkSHPDvUKR0



*共星の里 黒川INN美術館の野外スペースでの活動について、九州大学助教でアーティストの栗山斉先生が、未来への展望など学生たちの気持ちを上手に引き出してくださいました。


みなさん、目に見える世界の復興とともに、心の復興も大切です。心もまた命があり、エネルギーをうしない、傷ついたときには手当が必要なのです。心のいのちを養うためには、創造すること、アートの喜びの力が必要だと私は思っています。私たちの創意工夫によって、少しでも微笑んでくれる人が増えたなら、嬉しいです。以下のアンケート(Googleフォーム)に感想等かいていただければ幸いです。https://docs.google.com/forms/d/14sbCxY_SoYZh0f9NR3CIc59fpt-nJHrWnSghXF8E2oM/edit        (知足美加子)

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 【感想:被災者の方、関係者より】

■本日も、ありがとうございました。

普門院、いい空気を子どもたちの中に感じることができました。ここが普門院?と思ったくらいです。

また、黒川の蛍は被災前、「真夏のクリスマスツリー」でした。田んぼの奥の川のそのまた向こうにある杉の木々に蛍が止まって、一斉に光を放ちそして一度に消える。その繰り返しをしていました。

きょうのプレゼント感謝しています。そしてこれから迎えるクリスマス・未来にも、プレゼントを見つけられるような、そんなひと時でした。皆様にもよろしくお伝えください。本当に、ありがとうございます。


■3年前に悲惨な体験をしてしまった朝倉の子供達、3年後に九大の学生さん達による癒しによって心救われた朝倉の子供達、大人になった時、あの日生き残った意味をよく噛み締めて、今回得た体験を次の世代に伝えて頂きたいと願っています。朝倉の子供達に今伝えたい言葉は「藍より青く」です。知足先生の活動には感謝しかありません。


■今日はお疲れ様でした。そして有難うございました。多くの方々の朝倉を思う気持ち、胸に染みました。支えて下さる人の気持ちに報いられます様、今後とも、一切怯む事もぶれる事も無く復興に向けて頑張ります。


■とっても面白かったです。見ている方もあっという間に時間が経ってしまいました。お疲れ様でした。


■当日を振り返って、音探しや身体で表現等を子どもはどう対応するのか?を見れて子ども達の新たな発見がありました。そしてあの普門院でやった事にとても意義があったと感じています。歴史あるお寺なのに私たち大人も数十年訪問していませんでした。そこに子ども達と九大の皆さんとイベントを行った事で改めて普門院の偉大さを感じ次世代に繋げれたのではないかなぁと思ってます。本当にありがとうございます。


■素晴らしいイベントでした。どうもありがとうございました。お茶と聖霊の話は、興味深々です。お疲れ様でした。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。


■私たち被災地被災者に向き合って下さる皆さんの深い愛情、気持ち、心、それに裏打ちされた行動に いつも感謝感動です。しばらく先の復興に向けてまた後押し元気を頂きました。プログラムの内容全てに心打たれました。ありがとうございます。あの九州北部豪雨災害から無くしたものもありましが、それ以上に、あの経験があってそこから繋がるもの、得るもの。多くの方がの尊いお心を頂きました。このプロジェクトに参加して頂いた皆様の本当に温かい心を頂き、その想いは光となってこの黒川の地を照らしております。

 蛍の乱舞は、それぞれが、最初はバラバラに光を放つ。しかしそこに共に仲間がいることを感じ、バラバラだった光のリズムも共鳴し合い、一斉に同じリズムになって、同じ波長でこの場を照らすように。また、波紋が作り出す円のように…。共鳴し合う波動です。山があり、川が流れ、草木の自然の中に人々は自然とのかかわりを通じて暮らしを営み続け、地域が生まれ文化を育ててきた、修験道、禅の心。この場が皆さんの第二の故郷のような誰でもここに帰って来れる心のよりどころでありたい。自然と共に安らかに、今からも星のように、蛍のように輝き、互いを認め合い共に響き合うことが出来たらそう願っております。どうか、くれぐれも学生の皆さんによろしくお伝えください。そして密岡君や口羽君はこれから社会に出て壁もあるかもしれませんが、この黒川からエールを送りますし、いつでもそばにいます!星を眺めて、この黒川でご自分たちが、一から作った大変さも踏まえ、その喜びも思い出し、つらくなったらこの地でやったことを思い出してくださいね!いつも応援しております☆そしていつでも、田舎のおばあちゃんのところに帰ってくるみたいに第二の故郷として遊びに来てください!待っています。

 今回、知足先生をはじめ皆様からたくさんのエネルギーを頂きました。本当に心から感謝申し上げます。共星の里に、お越し頂ける皆さんに、あの災害の日何が起きたのか、そしてどのような想いでこの「泰庵」、黒川アートガーデンが出来たのかを、黒川の歴史も踏まえ、感じるこころを分かち合いながら、人と自然とアートを結び、より一層、この場の可能性を信じ、これからも、活動を続けて参ります。今後共にどうぞよろしくお願い致します。本当にありがとうございました。お疲れだと思いますどうぞ、お身体を大切にご自愛ください。深謝 (共星の里 尾藤悦子)






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 知足です。復興支援「黒川庭園と喫茶アート養生会 (→11/14ネット配信型アート鑑賞会)」を前に、10月11日、普門院にて「音と身体のワークショップー朝倉の子ども達とー」、共星の里 黒川INN美術館にて、デジタル枯山水「調身、調息、調心」、アートパフォーマンス「共生(ともいき)」の無観客公演を行いました。
 このプロジェクトは、九州大学ソーシャルアートラボ(→HP)主催のもので、普門院、あさ・くる こども自然スコーレ、共星の里 黒川INN美術館、知足研究室学生に協力していただきました。
 これらの活動のダイジェスト版映像と関係者コメントについて、お茶を飲みながら鑑賞する「リモートアート鑑賞会」(→チラシPDF)を、11月14日15:00-17:00にYouTube生配信で行います。(→ https://youtu.be/9fLyqX4N9hM) 2017年の九州北部豪雨災害以後、ソーシャルアートラボの復興支援チームが取り組んできた活動の集大成です。特に、コロナ禍の状況下において分断されがちな関係性を紡ぎ直し、心を養う機会になればと願っています。

【普門院】

(映像:園田裕美)

才田亮舜住職のお話。
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(撮影:松本亜樹)

■普門院、観音堂にて、あさ・くる こども自然スコーレの小学生のみなさんと。
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(撮影:長野聡史)

■アニメーション《突然失礼します!コロナ世代映画で闘う。》上映。コロナ怪獣がクリエイティブパワーによって倒され、映画作品のいち鑑賞者になるお話です。(九州大学修士2年、山口健人)
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(撮影:長野聡史)

■ジェネラティブ・アート:誕生日からうまれる、世界にひとつしかない数学アート。子ども達に一人ひとり印刷したものをプレゼントしました。不思議とそれぞれの個性を表現していたそうです。(九州大学4年、嘉松俊矢)
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(撮影:長野聡史)

■ARジャグリング:ジャグリング(パフォーマンス本人)にAR(拡張現実)のエフェクトがかかります。大きな歓声があがっていました。(九州大学4年、森崇彰)
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(撮影:長野聡史)

■身体表現ワークショップ:身体をつかって、自分の存在を確かめたり、木の気持ちを感じます。絵本の読み聞かせもありました(バレエ講師、永松美和。読み聞かせ、松本亜樹)
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(撮影:長野聡史)

■音狩り:自分のまわりにある音を、ただひたすらによく「聴く」。そして風・水・虫・鳥・木・石の音をみつけ、自分で再現してみます。(九州大学教員・作曲家、ゼミソン・ダリル)
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(撮影:長野聡史)

■ふりかえり:活動ごとに、ポストイットに感想をかいてもらっていました。各講師に、それぞれの感想を読み上げてもらい、共有しました。素晴らしい感想ばかりで、スタッフはみな感動していました。
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(撮影:長野聡史)
みなさん、ご協力ありがとうございました。

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【共星の里】
デジタル枯山水「調身、調息、調心」:枯山水の流れの中で、ひとが身体と息と心を整え、静かにたたずむと周囲に水文がひろがります。水の流れのなかで、ひとが出会い、去っていき、痕跡が後を追う様が表現されていました。(九州大学修士2年、密岡稜大)


 
(映像:園田裕美)


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(撮影:長野聡史)


アートパフォーマンス「共生(ともいき)」:豪雨災害の苦しみと、そこからはじまる共生(ともいき)の物語を表現しています。災害で失われた「蛍」がとぶ風景を、プロジェクションマッピングで校舎にうつしました。パフォーマンス中に植えたユーカリ(花言葉、再生)は、そのまま共星の里で生き続けることに。(制作:九州大学4年、口羽雅晴、演者:山中りり花、美術:逆瀬川陽介、音楽:國弘暉)

(映像:園田裕美)


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(撮影:長野聡史)


*ソーシャルアートラボスタッフの白水さん(奥様も)、村谷さんはじめスタッフの皆様。栗山先生。松本亜樹さん、後藤達也さんはじめスコーレの皆様。普門院の才田住職、縄田さん。共星の里の尾藤さんご夫妻。写真撮影の長野さん、映像の園田さん。
たくさんのあたたかいサポートを本当にありがとうございました。みなさんのおかげです。


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【共星の里、ゼネラルマネージャーの尾藤さんより】

一昨日から昨日(10/10リハ、10/11本番)のイベント。撤収までの長い作業。お疲れ様でございました。普門院のワークショップの子供たちのお写真。
ワクワクドキドキが伝わって参ります。素晴らしい経験でしたことでしょう!
また、同じく
共星の里での2つの作品。
禅の心。全てを繋がり、今ここに。
今ここに、生きている事は、
なんて素晴らしいものかをあらためて感じました。

この場でこの経験が出来たことに本当に感謝申し上げます。
学生さんから
若いフツフツと湧き上がるエネルギー。熱い想い。
創り出す力、感ずる力を通じて
この場に響き合う。
正しく共生きです。

秋の夜ながに鳴く虫たちと作品とが和音となり、
鹿が鳴く声も作品の中にこだまし、この作品。イベントが
生きとし生けるものの全ての讃歌になり、勇気を頂きました。

知足先生をはじめ、関われた全ての方々に心から御礼申し上げます。お疲れ様でございました。
ありがとうございます


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【普門院、住職のご家族 縄田さんより】

おはようございます
写真 動画有り難うございました
共星の里は 素晴らしいアートですね。 
リモート楽しみにしています。
子供達も先生方も大人も
1つになって 良き日になって
くれたのではと思っています
娘にも 貴重な体験となったと思います。 














知足です。コロナ禍が続く中、7月の大雨、そして、上陸間近の大型台風(今日は9/5).....。意識や仕組みの本質的な部分で、自然と人間、社会と人間、そして人間同士の関係性の再構築が求められているように感じます。
アートでできることは限られていますが、「創造」が与えてくれる「心の力」を信じたいです。10月に予定していた復興支援「黒川庭園と喫茶アート養生会」は、11/14、15時からオンラインによる喫茶実演とアート鑑賞会に変更します。「自然」と「記憶」をテーマに、日々の気付きや感じたことを表現し、分かち合い、多世代の交流につなげていけたらと思います。
2020年に行った復興支援アート活動を、この日に鑑賞します(限定配信)。
現在、「短詩五七五の連句の輪づくり」をすすめています。復興支援活動紹介小冊子『かたり』の取材先の方々を中心に、被災地の「自然と記憶」をテーマにした短詩五七五の作詩を、リレー形式で回しているところです。最初は、私から「あさくらに」で始まる句をお願いし、すでに、7人の地域内外の方々に作詩していただきました。最後はこれらを円環にまとめ、レーザーカッターで刻印しようと考えています。他にも、無観客で行った公演などの映像を鑑賞し、制作時の苦労談や感想などをシェアしながら、深く味わいたいと思います。楽しみにしていてください。チラシができましたら、ご紹介します。
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11/14 15:00-17:00
復興支援「黒川庭園と喫茶アート養生会」
オンライン喫茶実演+アート鑑賞
https://youtu.be/100ral_NnFc で生中継・配信します。

2020年に共創したアートや交流の様子を、オンラ イン上で被災地の方々と鑑賞し、感想を述べ合います。その様子を、 限定公開で YouTube 配信(生中継)を行い、感じる心を分かち合います。
コーディネーター:知足美加子

1. 「日本茶インストラクターによる美味しいお茶の実演指導」
視聴者は、事前に日本茶やお湯、急須、湯呑みを用意しておいてください。
*講師:山科康也(山科茶舗HP

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2. 「共星の里の黒川庭園と東家(泰庵)づくり」
災害に関する岩や流木を要素とした「庭」を共創し、再生していく様子を紹介します。
*コメンテーター:尾藤悦子、杉岡世邦

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3.「短詩五七五、連句の円環」
被災地の「自然」や「記憶」をテーマにした短詩五七五の下の句を、次の方の上の句に繋ぎながら、創造のリレーを行いました。様々な「感じる心」の円環を紹介します。作詩が難しい方はAIアプリでサポート。
*説明:知足美加子 AIサポート:田中圭太郎
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白隠慧鶴《円相図》1685年~1768年

4.「音と身体のワークショップ -被災地の子ども達と-」
○ARジャグリングとジェネラティブアートAR(拡張現実)とジャグリングを組み合わせたパフォーマンスを行います。また、それぞれの誕生日から生まれる数学的なアートを体験してもらいます。
*制作:森崇彰、嘉松峻矢
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○音狩り:風、水、虫、鳥、木、石の音に耳を澄ませます。その音を子ども達は創造的に再現し、お互いにシェアします。
*講師:ゼミソン・ダリル
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○身体表現:自然の中にある動きを観察し、感じたことを身体で表現します。自分の存在を深く感じ、確かめます。
*講師:永松美和、サポーター:松本亜樹
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5. デジタル枯山水「調身・調息・調心」、アートパフォーマンス「共生(ともいき)」
共星の里で上演されたものです。岩を活かしたデジタル枯山水は、心を静かに整えると周囲に水紋が広がります。
*制作:密岡稜大
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アートパフォーマンスは、場に息づく「共生」の物語を、岩やイチョウ、演者、光が響きあい、黒川のこれまでとこれからを表現するアートです
*制作:口羽雅晴
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【台風のお見舞い】
台風10号が、沖縄を通過し九州に接近中です。先程、携帯から警報がなったところです。この黒川の復興プロジェクトの初動でお力添えをいただき、その後も様々なサポートをしてくださっている禅僧の枡野俊明先生から以下のようなお便りをいただきました。誠にありがとうございます。被災地の方々を大切に思うたくさんの気持ちが届き、大難か小難になることを祈ります。
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知足美加子 先生
 
合 掌
 
 この度は色々とお世話になっております。
  さて、台風10号が九州南部から北部へと大変な勢力を保ったまま北上をしそうです。
きっと知足先生も台風の備えで大変状況ではないかと思っております。また、黒川のことも心配です。
 何事もなく台風が通過してくれることを祈るばかりです。
 知足先生を初め、ご関係の皆様方の無事をお祈り致しております。
 台風の備えで大変な状況でしょうから返信は無用です。
 
再 拝   徳雄山瑞雲院  建功禅寺  枡野俊明





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知足です。

 土の宿発行の「ぐすくやま通信」の記事として、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)に関する状況について女性の視点から語ってほしい、と依頼されました。女性として、というより一人のものづくりとして、「先のみえない物語によりそい、共に生きる いのちとアートの視点から」という題目の文章をまとめてみました。ご遺族の方々のお気持ちを考えるといたたまれず、思うより執筆に時間がかかりました。

 *沖縄・伊江島にある「土の宿」(1984年~)は、画家であり脳性麻痺をもつ木村浩子さん(82才)が始められた民宿です。障がいのあるなしに関わらず「共に生きる」ことを学び合う場になっています(以前NPOでしたが、現在は任意団体として活動されています)

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「先のみえない物語によりそい、共に生きる いのちとアートの視点から

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のため、いま世界は様々な困難と向かい合っています。あたりまえの日常に前触れもないまま亀裂が入り、非日常だったはずの日々が、いつの間にか新たな日常(ニューノーマル)と呼ばれています。今後、様々な制限が緩和されたとしても、私たちの心に刻まれた「潜在的な恐れや不安」を、完全に拭い去ることは難しいかもしれません。

 近代以降、全世界がこれほど深刻に「いのち」をみつめ、考え、同時に行動を変容させたことは稀です。このような状況下で、先の見えない不安や悲しみに寄り添い、敏速に対応した女性リーダー達の評価が高まっています。ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相、台湾の蔡英文総統、ドイツのアンゲラ・メルケル首相などです。彼女たちに共通することは、いのちを重視し、当を得た政策実行への決断が早かったこと。さらに、国民の心情を理解し、自分の言葉で語りかけ伴走する姿を貫いたことです。国民一人ひとりが、真心のこもった彼女たちの言葉に応え、感染爆発を抑えるために行動しました。(政策自体の是非はまだ判断できないものの)政治は人々の「イメージ」の総体であり、いのちを中心におく政策には人を動かす力があることが示されました。


 もちろん、これまでも気候変動や環境汚染など、いのちに関わる世界的問題は山積みでした。それらと今回のコロナショックの違いは、問題の核が他人事ではなく、自分や家族に直接関わること、つまり「わがこと(いのち)」として強烈にイメージされた点なのです。

 いまや全世界の人々が、コロナウィルスを常に心でイメージしながら動いています。恐れの対象は、現実世界に潜む「目に見えないもの」です。見えないがゆえに、疫病問題は「心のありよう」に甚大な影響を与え、精神を消耗させます。行き過ぎると、差別や偏見を生んでしまう場合もあるのです。

 歴史的にアートは、見えないものを形にしてきました。日本においては鬼や妖怪などの表象によって、疫病を目に見えるものにし、受け入れながら共に生きてきました。例えば、疫病が流行っていた永観2年(994)、比叡山の高僧・元三大師(良源)が鬼の姿となり疫病神を退散した姿は、疫病除けの御札となり、民衆の心の支えとなりました。


元三大師と角大師(出典『天明改正 元三大師御鬮繪抄』)

元三大師と角大師(出典『天明改正 元三大師御鬮繪抄』)


 海外でも1347-1350年にペスト(黒死病)が大流行し、ヨーロッパ人口の約1/4が亡くなりました。メメント・モリ(死から学ぶ)という概念や、人間の命を賛歌するルネサンスなどの芸術動向は、このペスト流行が契機となり生まれたと言われています。アートは「疫病の恐怖」や「祈りや救い」を形にすることで、先がみえない不安に終わりをつくり、問題の出口のイメージを与えてきました


 「いのち」をテーマに取り組んでいる私の現在のアート活動を2つほど紹介します。ひとつめは、《黒川庭園とバイオアート》です。九州北部豪雨災害復興として「被災地が命を思う美しい場として再生する」ことを願い、アートガーデンを制作しています。災害由来の岩石を庭の要素とし、流木で東屋を作り、花や木を2年かけて植栽しました。「木を植えることは、未来を想うことなんですね」という参加者の感想が、心に残っています。庭に根付いた苗木をみていると、「困難に遮られたように見えても、断ち切られないものがある。どんなに絶望しても心を失わなければ、いつか若葉が芽生える」と伝えてくれているような気がします。


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 二つめは、自粛期間中に自宅で制作している小さな2躰の仏像です。騒音に留意しながら、手刻みで少しずつ制作しています。九州北部豪雨災害の被災地である朝倉市寒水(そうず)地区の方々からお願いされたものです。被災木のヒノキから彫り出してします。この小さな作品が、災害や疫病による先が見えない不安に寄り添い、人々を癒し、励ましてほしいと祈りながら作っています。


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 孤独と不安に苛まれる自他の心を救うには、決断し実行する強さが必要です。その強さとは相手をねじ伏せたり、脅したり、責任を押し付ける力ではなく、愛やユーモア、共感する姿勢、創意工夫を重ねる勇気であってほしいと思います。それぞれの痛みをいたわりあい、「いのち」を主軸にする社会にシフトすることを願いながら、少しずつ共に歩き出しましょう。



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    ヴォルフガング・ライプ「花粉を集める」      


  ヴォルフガング・ライプ「花粉を集める」(訳・小野正嗣 2020年5月31日)の言葉がよかったので共有します。

 *花粉を使うアーティストとなったヴォルフガング・ライプがNHK日曜美術館に寄稿した文章です。

心に染みとおり、深く癒してくれました。


くる日もくる日も、何週間も、

タンポポの草原に座り、

この上なく集中して、

激しく時間も我も身も心も忘れて。

信じ難く思いもよらない世界の危機と混乱のただ中で。


ひどい病に罹り死にゆく数多くの人々。

新しい疫病。

600年前のような疫病が再び起こるなんて、とても想像できなかっただろう?

今、この私たちの生活の中に、そばに。

それでもなお、危機は大きければ大きいほど、

人類に新しい未来をもたらし、

どこか他の場所へ向かい、他の何かを見つける手助けをしてくれた。


想像しえたものの彼方に、私たちは見つける。

新しいありようと生き方を。

私たちが望むものと、

私たちが人生に望むもの。

大切なこととそうでないこと。

慎ましさ、謙虚さ。

自分自身と他の人たちに対する、

世界に対する、

自然に対する、

宇宙に対する、

全く違う関係。

自分自身と世界への異なる願い。

新しい未来の

新しいビジョン。


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方丈板倉   斎(さい)


 安藤邦廣先生(筑波大学名誉教授)が設計された「方丈板倉 斎(さい)」についてご紹介します。安藤先生は、熊本震災支援・板倉建築による庭先避難「ち

いさいおうちプロジェクト(2016年~)」において、中心となられた建築家です。九州北部豪雨災害復興支援に加え、「コロナ禍からの避難」として朝倉の杉岡邦廣さん(杉岡製材所)の敷地に「方丈板倉 斎(さい)」を建設されることとなりました。安藤先生と杉岡さんは、森林と建築と暮らしの関係について、板倉を通じて世に大きく問うてくださると確信しています。心から応援申し上げます。


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方丈板倉  (さい)

危機を生きのびる想像力、新たな生き方とすみか   

安藤   邦廣  
                建築家
日本板倉建築協会代表理事
筑波大学名誉教授 
        2020年6月5日 
 
人類は生きのびるために大きな転機にさしかかっている

急速に拡大してきた大都市への集中から山野田園への分散が今始まる

それは密集閉鎖居住から、分散開放居住への転換でもある

20世紀末から、日本列島は地震、津波、噴火、台風、洪水と度重なる災 害に見舞われている

その度に、人と財が大都市へ集中することの危険性は指摘されてきたが、 その拡大に歯止めがかかることはなかった

大都市への致命的な打撃とはならなかったからである

しかしながら、新たな感染症の脅威は地球上のすべてに平等に降り注ぎ

むしろ大都市に容赦ない大打撃を与えた

大都市集中に歯止めをかけ分散居住を進めるときである

その確かな第一歩として小屋、斎(さい)をつくり始める


ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず(方丈記より)


斎(さい)とは、ものいみ   ある期間、食や外出などをつつしみ、

心身を清めることおよびそのへやの意味なり

斎(さい)は母屋を補い

あるいは働くために

あるいは楽しみのために

あるいはひきこもるために

あるいは災難から身を守るために

あるいは祈りと安らぎのために
母屋と離れてあるいは庭先にあるいは山中にあるいは海辺に建つ

その土地にあわせて容易につくれるよう

どこにでもあり運ぶに軽いスギ材をもってつくり

組み立て解体自在な板倉構法となす

その大きさは方丈(3m 四方)

屋根は茅であるいは樹皮であるいは土で葺く 

その姿は里山のごとし


淀みに浮かぶうたかたは

かつ消えかつ結びて久しく留まりたるためしなし 

世の中にある人とすみかと、またかくのごとし(方丈記より)


 今から800年前、平安時代の終わり頃、京の都は地震、台風、竜巻、 大火、飢饉と度重なる災難に襲われ、400年間にわたって繁栄した平安京はあっけなく崩壊した。その有様に無常を感じた鴨長明は京都南部の日野山中に閑居隠棲して方丈記を著した。その閑居が一丈四方であっ たことにその書名の由来がある。自ら作事したこの小さなすみかに、長明の無常観と生き様が見事に表されている。
 それから400年後の戦国時代、再び動乱の世の到来で、千利休は四畳半、小間の草庵茶室を考案し、戦乱で荒廃した社会と人の心に救いと安らぎを求めた。その草案茶室は数寄家造りとしてその後の日本家屋の原型となった。

 それからさらに400年が過ぎ、ふたたび大地震と大津波、台風と洪水と度重なる災害に加えて新たな感染症の脅威にさらされている。

 今こそ我々はこれらの先人の知恵に学び、新たな生き方とすみかを想像しなければならない。

 方丈板倉斎(さい)はその小さな一歩であるが、大きな危機を生きのびる想像力を呼びさますであろう。















知足です。
 新型コロナウィルス感染症のため、いま世界は様々な困難と向かい合っています。
 あたりまえの日常に前触れもないまま亀裂が入り、非日常のはずの日々が、いつの間にかニューノーマル(新たな日常)と呼ばれています。 私の勤務先も閉鎖され、リモートでの授業や会議が行われているところです。
 緊急事態に伴う制限が緩和されたとしても、私たちの心に刻まれた「潜在的な恐れや不安」を、完全に拭い去ることは難しいかもしれません。
 アートは、見えないものを形にしてきました。表現されたもの(鬼、妖怪など)によって疫病や死を理解し、共に生きてきたのです。また、祈りや救いのイメージによって苦難の淵から浮かび上がり、再び歩き出す契機としてきました。私の手と心でできることを、少しずつやっていこうと思っています。

ーーー
 自粛期間中、私は自宅で作品を彫っていました。道具と騒音の問題もあり、手で刻める小さな作品です。
 今年の2月。以前、被災地の朝倉市(杉岡世邦さん所有の杉林)に植樹していた山桜の近くに、砂防ダムが造られることになりました。そこで、その山桜を移動させることになりました。
 朝倉市に到着すると、復興支援団体の杷木ベースの望月さんからお電話が入りました。たまたまその時、杷木寒水(そうず)地区の方々が集まっており、「豪雨で流された大師像と観音様を作ってもらえる人を探している」というのです。(福岡市と朝倉市は、高速で1時間半くらいのところにあり、電話をしてすぐ私が現れたことを、地区の方々も驚かれていました)
 寒水地区の1人の女性が、豪雨災害の日の不思議な出来事を語ってくださいました。「豪雨に怯える中、白い影がみえました。その人を心配して歩み寄ると上に登る階段があったのです。上がった途端、背後から土石流が流れ込み、間一髪で助かりました」というのです。「災害後、辺りを探してもそのような方はおらず、きっと神仏の御加護だったのだと思います。その付近で流されてしまった祠を再建したいのです」とのことでした。その中には大師像と観音様が祀られていたのだそうです。

 このような経緯で、私は、被災地のために小さな大師像と観音様を作ることになりました。
 素材は、災害直後の2017年7月に、朝倉市の流木集積所で、ピックアップした檜(ヒノキ)です。→2017年7/26ブログ

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 自分なりによく考えました。大師というのは「行基​(668-749年)」のことなのではないか、と。大師とは、偉大なる高僧を指します。朝倉市には、行基が作ったとされる日本最古の木造建築「普門院」(国指定文化財)があります。以下朝倉市役所のHPからの抜粋です。

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普門院は、天平19年(747)聖武天皇の勅願をうけ、行基が筑後河畔に創建したものが、度重なる水害のために現在地に移築されたものと伝えられています。
 本堂は『筑前国続風土記』に「この寺の仏堂広からずと雖も、その営作の精巧なること国中第一なり」と記されており、桁行三間梁間三間の宝形造りで、総本瓦葺き、四周に緑をめぐらせています。

 行基は、東大寺大仏の開眼を行った僧侶として有名です (しかし若い頃は、政治と宗教の分離を主張したり、階層を越えて困窮者を救い布教したため、朝廷からは弾圧を受けていたそうです)。特に灌漑・治水工事を行い、水害から民衆を救ったことの功績​は大きいです(→「行基による公共事業」)。
 唐招提寺の行基像は蓮の葉を持っています。蓮華は仏教の象徴ではありますが、行基の蓮の葉は、水害から人々を守ったことを示唆しているように思えます。

 行基に関して、実際に平安時代に渡来した仏教者を、福岡(太宰府)でお迎えしたという記録があるそうです。行基が、普門院建築ともに、水害が多い筑後川沿いの杷木に、治水技術を伝え、民衆の尊敬を集めた可能性はあると思います。

 自宅で彫っていると最後の仕上げまでなかなかできませんが、途中経過の写真を添付します。蓮の葉は、英彦山の鹿の角から彫り出しました。

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 行基像は国内に数点しかなく、そのほとんどが高齢の僧侶の姿で表されています(木喰も彫っています)。この像の意匠は、英彦山の天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)像を参考にしてつつ、童子や地蔵菩薩のような癒しのイメージも表現しました。私は2016年に、英彦山神宮奉幣殿再建400年記念事業の一環として鎌倉期の《彦山三所権現御正体》を復原したことがあります (→現在、奉幣殿の御神体)。この天忍穂耳命像はヒシャクを持っていますが、行基像に通じるものを感じました(画像左)。また朝倉市杷木(はき)地区は英彦山の神領だった時代もあり、ご縁があるのではと思います。*復興アートガーデンを制作している黒川地区も、同様に英彦山神領でした。→黒川復興ガーデン

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 「杷木神社縁起」では、「アメノオシホミミ命が、オオナムチ命に農業の知識と馬杷を授けた。オオナムチ命が大きな檜の枝にその馬杷をかけ、そこに鎮まり給うたのでそこを把の来た山(把来山)と呼んだ」というのが、杷木の由縁だそうです。山桜移植でお世話になった杉岡さんに、天忍穂耳命と行基を参考にしていると伝えたところ、この縁起を転送してくださいました。

 これから十一面観音菩薩像作りを行います。観音菩薩の中で、十一面観音は、水害から救済してくれるお力があるそうです(水瓶をもっている)。ただ、私は仏師ではないので、「形式通りの仏像にならなくても大丈夫ですか?」と寒水地区の満生会長に確認したところ、「人々の心を癒してくれるものであれば良いのです」と言ってくださいました。被災地支援はもちろん、疫病に苦しむ世界の人々の平安を祈り、心をこめて作りたいと思います。



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知足です。九州北部豪雨災害支援(2017年〜)として朝倉市黒川にある「共星の里 黒川INN美術館」に復興アートガーデンを作るプロジェクトを行っています。(→黒川庭園と泰庵セルフビルド報告ページ)
共星の里のゼネラルマネージャーの尾藤悦子さんより、黒川庭園の、美しい花々や泰庵(被災木活用の東家)の画像とともに、あたたかいお便りが届きました。
事業報告のための、一分半の活動風景映像ダイジェスト版を共有した際のお返事です
ーーー
「尾藤悦子さんより(画像も)」

おはようございます。動画ありがとうございました。皆さんが躍動するエネルギーが伝わります。音の波動と共に息吹を感じております。ありがとうございます。出会えた皆さまに、廃校のこと、災害のこと、復興のこと、泰庵のことをお話しさせて頂きました。
福岡での仕事が終わり、1週間ぶりに共星へ。
黒川は空気が本当に甘く美味しいです。
深く、深く深呼吸をし、ただいまとご挨拶をして、花🌸に水をまきました。
自然に、大地から、何処からかお帰りと聴こえて来そうな気持ちです。
今回、コロナウィルスで想定外なことが起きましたが、これも受け止め、頑張って参ります。

村のおばあちゃんたちから、帰った早々に「久しぶりねー」と、またまた、たくさんにお野菜やら、漬物を頂き、いつもの優しさ溢れる心のふるさとです。
一日、一日。今この時を益々豊かに。そう思わせて頂いております。

これまで、このプロジェクトに関わられた知足さまをはじめ、皆さまのおかげを深く、深く、感謝申し上げます。ビデオ撮影の方、写真家の方によろしくお伝えください。
昨日のお写真を送ります。

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(活動報告映像ダイジェスト版,1分30秒, 撮影:園田裕美)


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追記
共星の里黒川INN美術館のアートディレクターである柳和暢さんより、以下のメッセージを受け取りました。
「今回、資金作りから作業まで、本当にありがとうございます。
ずっと後世まで残る行為と思っています。
これで、様々な、泰庵を中心としたソフトが立ち上がる事を望んでいます。これからもヨロシクです。感謝。
柳」

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追記2
写真撮影をしてくださったカメラマンの長野聡史さん(→長野さん撮影の写真掲載ページ→黒川庭園と泰庵セルフビルド)から素晴らしいコメントをいただいたので共有させていただきます。
カメラマンの長野聡史さんが撮影してくださった画像ですが、クオリティーの高さ、美しさに加え
作業する方々への共感や敬意が感じられます(園田さんの動画にも)作業の一番大切なポイントを、よく把握されています。大工の池上さんも、「作業工程がよくわかります」と褒めていらっしゃいました。​​


「柳さんや尾藤さんの<ずっと後世に残る仕事>という言葉、まさにそうで、
いろんな背景を元に立ち上がったプロジェクトですし、
その様々な想いや時間や技術が垣間見れる「過程」もまた後世に残すに値するシーンの連続だったように思います。
そんなプロジェクトの骨格と本質が感じられる記録になれば、とシャッターを切っています
参加された方々に共有していただけて、また形にしていただけて嬉しいです。
そこにいた人の記憶に触れる瞬間が一番写真の力が作用する場面と言えるでしょう。  
ご丁寧にありがとうございます。
         長野聡史」



「行為」というものが消えてなくならず、命(花木や微生物など)や意識としてたちあがり、生き続ける。
私にとって、本当に嬉しい言葉をいただきました。
この一年を振り返り、出会った方々、できごとの全てに感謝をしています。

































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知足です。

復興支援「黒川復興ガーデンとバイオアート ー英彦山修験道と禅に習うー」について
皆様の尊いご尽力のおかげをもちまして
事故や怪我なく、大変美しいアートガーデン(東屋と植栽)が誕生いたしました。
厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

新型コロナ拡大防止のため、「東家セルフビルドと植栽(3/5.6)」は、一般参加者のイベントとしては中止としました。
ただ、復興支援のためのアートワーク研究(佐藤宜子先生科研Aの知足分担費)として、
関係者のみで打ち合わせと作業を行い、無事に終了しましたことを報告します。

共星の里の全面的なご協力
鹿児島、宮崎、長崎、朝倉などから集まってくださったの優れた技術者有志、
大学関係者が、無償で、尊い汗を流してくださいました。
また、被災地の方々が(2m以内の接近は避けて)、植栽の手助け、手作りの竹飯(細工した竹による炊飯)や、焼き芋、お菓子、飲み物などの差し入れで応援してくれました。
心より感謝申し上げます。

東屋は、被災木を用いたもので、
神社遥拝場を参考にしたオリジナルデザインです。
釘を使わずに、木のムクリ(ソリの反対)まで計算にいれ、木のみで組み立てています。
魂がこもった製材、美しい設計、1ミリも違わない手刻み、手鉋の木組み、正確な建て付け、
災害に関わる川石を何度も拾い、敷き詰め、石灰とにがりを混ぜた朝倉の赤土による三和土(たたき)
これらは、携わった方一人ひとりの純粋な真心があって、具現化したものです。
参加者の手で磨かれ、錆止めを塗られたブランコ(唯一土砂で流されなかった)では、早速子供が遊んでくれました。
花や木も、綺麗に植え付けられ、光を放っていました。

あの少人数と日数で、これだけのことができたことは、本当に奇跡でした。
関係者の方々、誠にありがとうございました。

災害時、多くの土砂や流木とともに、様々な思いが流れていった筑後川の河口付近の海水を汲んできて
最後にお祓いをいたしました。
天と山と水と人の心が今一度幸せに結び合うことを、皆で祈ったところです。

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東屋のコンセプトづくりと製材・制作に携わった杉岡さんから提案があり、この東屋は「泰庵(たいあん)」と名付けられました。易経の中の「地天泰」という言葉から発想されました。地天泰とは「天地創造化有のはたらきを人間の有用なものに応用し、天地が造化したものに人功を加へて、民衆の利便に供する」という天地和合を意味する言葉だそうです。また、この「泰」という文字は「水中に落ちた人を両手で助け上げる形で、安泰の意」(白川静『字統』)という成り立ちをもっているとのこと(→木挽棟梁のモノサシ)。被災地の人々の心をいたわり、自然環境を慈しむという気持ちがこめられた、とても素敵な名前です。ぜひ、この泰庵と黒川庭園に訪れ、天地和合の光と空気を感じていただければと思います (朝倉市黒川 1546-1 共星の里)。
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黒川庭園企画制作: 知足美加子(九州大学 芸術工学研究院)
泰庵制作: 杉岡世邦(杉岡製材所)・池上一則(大工池上算規)
協力
柳和暢、尾藤悦子(共星の里)
八尋晋(彫刻家)、田中一成(田主丸グリーンセンター)
堂薗隆博(堂薗建築)、押川博美(押川工務店)、池上太規(大工池上算規)、後藤茂行(杉岡製材所)
佐藤宜子、藤原敬大、尾分達也(九州大学 農学研究院)
白水祐樹、真崎一美、田中葵(九州大学SAL関係)
上田眞樹、近藤富美、藤田ゆか里(福岡県建築士会)
泉田寿裕(泉田商店)、東徹太郎(トポスデザイン)、知足空香(ボランティア)
宮崎久遠、林利則・秀子(黒川地域住民)
記録:
長野聡史(写真撮影)、園田裕美(映像撮影)

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(撮影:長野聡史)

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撮影:長野聡史)

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(撮影:長野聡史)

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(撮影:長野聡史)

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(撮影:長野聡史)

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(撮影:長野聡史)

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(撮影:長野聡史)


ご協力、ありがとうございました。


(活動報告映像ダイジェスト版,1分30秒, 撮影:園田裕美)


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【追記】

後日、英彦山神宮の高千穂宮司、吉門禰宜のお二方が泰庵を見学に来られました。共星の里の尾藤ご夫妻と柳さんが黒川庭園と泰庵の説明をされました。

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泰庵の銘板について、英彦山の杉材を使うことになりました。
2016年の「英彦山神宮奉幣殿再建400年記念事業」の際、私が不動明王を復原制作するために、神宮から分けていただいた英彦山千本杉の余材でした。
その経緯について尾藤さんより説明を依頼されたので、以下にに添付いたします。

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平安時代より続く英彦山修験道の歴史は、神仏習合のもと、修験者による自然崇敬が核となっていました。そのひとつに「水」への信仰があり、水を支える森、特に杉を大切にしてきました。山内には樹齢1200年の「鬼杉」があります。
 山伏たちによる「擬死再生(新しい命を山から授かる)」の修行の一環として杉を植樹したものが、「英彦山千本杉」として残っています。
 中腹より上の結界(実報荘厳土)にある千本杉は、在来種としては数少ない杉種(ホンスギ)といわれています。
 英彦山の杉は、明治期の修験道禁止令の後、その希少性から乱伐の憂き目にあいました。修験道は禁止され、多くの山伏たちは山を降りざるをえなかったのです。
 しかしながら、現在は英彦山神宮を中心に復興がすすみ、英彦山の尊さが再認識されつつあります。それは、山を離れるか否かに関わらず(私も含む山伏の子孫たちも)、英彦山への思いと信仰、愛を共有する人々が存在し続けたからです。
 それは、今回の豪雨災害(2017年)によって生活の根拠を絶たれ、愛する黒川地区を憂う被災者の方々にも共通する心情なのではないかと、私は考えます。 
 この銘板は、平成3年の台風で倒木した英彦山千本杉です。「英彦山神宮奉幣殿再建400年記念」の際、鎌倉期の木彫(不動明王立像)を復原した余材です(→報告ページ)。英彦山神宮の方々が、背中に背負って運んでくださったというとても貴重な杉材です。
 黒川は、室町時代から英彦山座主の黒川院があり、英彦山と縁が深い場所です。私は2年前より復興を願い、共星の里と協力して命息づく庭を作る活動を行なってまいりました。今年、杉岡世邦さん(杉岡製材所)、池上一則さん(大工池上算規)が中心となって、この庭に美しい東家「泰庵」がセルフビルドされました。泰庵は、災害被災木が再活用されています。杉岡さんの希望があり、銘板にこの英彦山千本杉を使うことになりました。
 
 私は、英彦山再興の歴史そのものが、今現在、進むべき道を模索する被災地の皆さんをエンパワーメントすると信じます。皆様の末永いご多幸をお祈りします。

知足美加子」
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 被災地だけでなく、人類はいま、世界的規模の疫病によって様々な辛苦を味わっています。
 土砂災害後の土壌に植樹した苗木をみていると、「困難に遮られたように見えても、断ち切られないものがある。どんなに絶望しても心を失わなければ、いつか若葉が芽生える」と伝えてくれているような気がします。この困難をともに乗り越えていけたらと願います。





















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 知足です。3/5,6開催予定の復興支援「東屋セルフビルドと植栽ワークショップ」のチラシです。災害被災木を再活用し、復興ガーデンに東屋(あずまや)を建て、草花を植栽するワークショップです。ぜひご参加ください。本年度の活動報告を以下に添付します。
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 豪雨被災地の土砂の前で茫然としたあの日から、「いつかここが命を思う美しい場として再生する」と、心に描いてきました。 アートは、自然からの呼びかけから生まれることが多く、その究極の形は「ガーデン」ではないかと思います。日々変化する自然界と人間の心が調和する場を共創し、自然と人間、人間同士のつながりを紡ぎ続けるからです。   
 2019年度は、その「復興ガーデン」が現実化した1年でした。朝倉市黒川地区住民は、災害後、100世帯から20世帯に激減しています。私は、離村者の一時的な帰村経験を担保し、また地域外からの「関係人口」を増やす場づくりの必要性を感じていました。強制的ではなく、そこにある美しさ、喜ばしさに浸るために立ち寄りたくなる場。地域外からの意識継続のために、関心をつなぎとめる何らかの仕組み。それらを実現するあの日のビジョンが、「アートとしての庭の共創」だったのです。

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 災害時、共星の里(旧黒川小学校)には大量の土砂や岩石が流れ込んだため、多くの樹木が弱り、枯死しています。災害岩石を活かし、樹木を再生(土壌改良して植樹)することを目指すとき、学ぶべきものは「禅」の庭でした。禅僧の作庭家・枡野俊明先生を招き、共星の里で造園案を練ったのは昨年度のことです。  

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 2019年度はまず、複数の企画案について地域住民の方々に意見をきくところから始まりました。アンケートには、養蜂を始めたいという夢や、植樹したい花木などが記されていました。それらをもとに、九州大学学生と植生計画と庭案を作成しました。
 9月から本格的に庭づくりに取り組みました。被災した住宅廃材を消炭に変え、土壌改良と鎮魂につなげました。空気や水の循環を改善するための側溝づくり、剪定。また、災害流木の木材チップによって土を養生し、岩石をレイアウトしました。最後に、参加者それぞれが未来を思いながら植樹しました。身体を通したこれらの活動は、参加者の意識に「被災地への想像力を喚起する何か」を刻みました。そこに植えた自分の木から、被災地を感じるような感覚です。3月には、災害木による東屋を制作し、花の植栽を行います(予定、上記ちらし)。

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 この庭づくりと並行しておこなったのは、復興支援団体紹介小冊子「かたり」の制作です。社会人と学生によって取材を行い、朝倉市、東峰村、添田町で創造的な活動を行う21団体の記事をまとめました。地域内外の相互理解と意識継続、「支え合いの輪」が広がることを願うものです。実際に、この冊子を手にしたことが契機となり、福岡青年会議所(JC)主催の復興シンポジウムが開催されています。

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 また、復興ガーデンを舞台にした、学生達によるアート活動も生まれています。庭の岩石や樹にプロジェクションマッピングし、パフォーマンスを行うものです。年末の寒い夜の公演にもかかわらず、被災地の方々が集まってくださいました。庭に様々な光が満ち、アートによってひとつになった心が、解放されたひと時でした。


 
 庭は、命ある自然物が成長し循環しながら、日々変化を刻むアートです。今後、この庭から感じたことを、連歌や音楽、パフォーマンス等で表現しあう「喫茶養生会」を開けたらと考えています。  



(毎日新聞記事2020年2月20日)
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